第1話
「うわぁ」
やってきた学園は本当に綺麗で豪華だった。ゲームのスチルまさにそのもの。
前世で散々見た光景にちょっとだけ、いやかなり感動したメルディはその場から動けなくなっていた。
お供のメイドはそんなメルディの様子に怪訝そうな顔をしていたが、入学前の緊張でちょっとナーバスになっている設定を信じているらしく、何も言わないでいてくれた。
「敷地内はご自由に見て回ってください。ああ、ですが建物には立ち入らないように」
突然押しかけたにもかかわらず上品な壮年の女性教師が優しくかけてくれた言葉に、メルディは「まあそうだよね」と半分落胆しつつも笑顔で感謝を述べる。
「申し訳ございません。私のような者がこの学園で無事に過ごせるか急に不安になってしまって」
「親元を離れるのですから、不安になるのは当然ですわ。その不安をかき消すために自ら学び舎を見たいと思う心意気は大変結構です。心ゆくまで見学していってください」
「ありがとうございます!」
「今日はあなたの他にも上級生が登校しているはずです。もしお会いしたら必ず挨拶をするのですよ。目上を敬う姿勢もこの学園で過ごすのであれば大切なことです」
「はい!」
元気よく挨拶をすれば、女性教師は満足げに頷いてくれた。
メルディはメイドを伴いまずは校舎の間にある中庭に向かった。
(おおっ……ここもスチルそのもの!)
感動しつつ、メルディは周囲を見回す。
(確かこの辺に……見つけた)
お目当てのものを発見したメルディはキラリと目を光らす。
傍に控えているメイドも学園の光景が珍しいのか、メルディよりも周りの光景に目を奪われている。今がチャンスだと、メルディは一瞬の隙を突いて駆け出すと校舎の陰に姿を隠した。
「あら? お嬢様!? お嬢様!!」
慌ててメルディを探しはじめたメイドには悪いが、息を殺して気配を消す。
そのうちにメイドがその場所を離れるとメルディは再び中庭に戻ってきた。
「たしかこの木の横に……あった!!」
歓喜の声を上げ、メルディは両手を挙げる。
中庭に植えられた木の横。そこには茂みに隠された小さな扉があり、中には学園に続く秘密の通路があるのだ。
ゲーム中ではこの通路を使ってアマリリスは攻略対象とともに学園から抜け出し九死に一生を得るのだ。
「出てこれるなら、入っていけるはず」
メルディは扉を開け、隠し通路に潜り込む。少々狭くて汚れているが、まったく気にならない。むしろこの先に自分の人生が開けているのだと思えば平気だった。
なんとか通路を抜け、突き当たりになっている壁を押す。ちょっと大げさな音がしたが、無事に校舎に侵入することができた。
「やっぱり図書室なのね」
ゲームの記憶通り、隠し通路は図書室に通じていた。奥まった古い本ばかり集められたコーナーの一角が通路の扉になっているのだ。
通路から這い出て身体についた汚れを払い、入り口をしっかり閉じる。
「よし! 職員室に行きましょう!」
「職員室でなにするつもりなのかな」
「!!」
決意表明に突然返事をされ、メルディは弾かれたように振り返る。
なんと無人だとばかり思っていた図書室に人がいたのだ。
「あなたは……!」
メルディは目をまん丸にしてその人物を見つめた。
きらめく金の髪に青い瞳。中性的な顔立ちに壮絶な色気をまとった美貌の青年。すらりとした長身の体躯を包むのは、特権階級の象徴である特注の白の制服。
「見たところ、生徒ではないようだけど……今はまだ春休みだよ? どうしてこんなところにいるのかな?」
にこにことした笑みを浮かべてはいるが、その瞳はまったく笑っていない。
メルディは胃の腑がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
(な、なんで黒幕王子がここにいるよのぉぉ~~!!)
ジェイク・アドラー。この国の王子にして、学園の生徒会長。
そして何を隠そう彼こそが「はとる。」の黒幕なのだ。
彼は眉目秀麗のうえに文武両道。何をやらせても一瞬で完璧にこなせてしまう完全無欠な王子様。
彼は、この学園に隠された悪魔召喚の書を見つけてしまい、実行しようとするのだ。
その犯行動機は人生への絶望。
何もかもが完璧過ぎたがゆえに周囲からの期待や重圧に押しつぶされていた彼は、悪魔を召喚してこの世界のルールを作り替えようとしたのだ。
アマリリスを狙ったのも、彼女が召喚の儀式に最適な生贄だったからというもので。
(アマリリスを殺しに来たのに部屋にいたのがメルディだったから、暇つぶしで殺されちゃったんだよね)
まさに電波。優秀過ぎると一周回っておかしくなってしまうといういい例だ。
巻き込まれたほうはたまったもんじゃない。
最凶の黒幕として「はとる。」ワールドに君臨するダークヒーロー。
見た目と強烈な属性もあって根強い人気はあるのだが、メルディの記憶している限り彼のルートは存在しない。
捕らえたアマリリスを生贄にはせず自分のものにする監禁エンドはあるのだが、あくまでもバッドエンドなのでジェイクルートとは言えないのではないか! と、ファンの間では激論が交わされていた記憶はまだ鮮烈だ。
「あわわ……」
そういえば女性教師に上級生がいるとは言われていたがまさかジェイクだったとは。
しかもよりにもよって図書室にいただなんて。
死亡フラグを回避しに来たはずなのに、目の前には死亡フラグそのものが立っている。
(神は死んだ)
思わず十字をきりかけるが、果たしてこの世界でこのジェスチャーは通じるのだろうか。
メルディは遠い目をしながら自分の余命を悟り、意識を闇に飛ばしかけた。
「ねぇ、質問してるんだけど答えないの?」
「はっ!」
冷え冷えとしたジェイクの声にメルディは目を見開く。
「あのっ、そのっ……私、新入生なのですが……見学にきて、道に、迷いましてぇ……」
なんとか並べようとした言い訳は尻すぼみになっていく。
無理がありすぎると自分でもわかっている。
「ふうん。それで職員室に?」
探るようなジェイクの視線に、メルディは両手を挙げて自白したくなった。
だがここで下手に事情を説明すれば、余命一週間どころか余命一分になりかねない。
「そうなんですぅ」
こうなればヤケだと、わざとらしくしなをつくってジェイクに媚び媚びの笑みを向けた。
青い瞳が一瞬だけきらめいた気がしなくもないが、見なかったことにする。
「じゃあ案内してあげようか」
「えっ!?」
なんだかとんでもないことを言われたぞ、とメルディは悲鳴じみた声を上げてしまった。
慌てて取り繕い笑顔を作るが、ジェイクの瞳は絶対に笑っていない。
「い、いえいえそんな。初対面の方にご迷惑をかけるわけには」
「ああ、名乗ってなかったけど僕はジェイク・アドラー。この学校で生徒会長をしているんだ。入学前とはいえ困っている生徒を助けるのは当然だろう」
「まぁ!」
存じておりますぅ! と心の中で叫びながらも、メルディは必死に笑顔を作る。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はメルディ・フロトと申します。ジェイク殿下とは存じ上げませんで、失礼を致しました」
こんなに緊張するカテーシーは生まれて初めてだと思いながらメルディは膝を折る。
ジェイクは作ったような笑みを一ミリも崩さずにこちらを見たままだ。
「フロト……男爵家か。へえ、この学園に入学するなんて随分優秀なんだね」
「おほほ。お褒め頂き光栄です」
冷や汗をかきながらメルディは必死に取り繕う。
一見好青年に見えるジェイクだが、実はかなりの血統主義者で平民などゴミ同然に思っている。地位の低い貴族も自分の玩具くらいにしか思っていない冷血漢だ。だが、優秀すぎるがゆえに、それをおくびにも出さない。
先ほどの言葉を正しく翻訳するならば「男爵家令嬢の分際でこの学園に来るなんて身の程知らずめ」ということなのだろう。
(無理。ぜったい無理)
このままジェイクと一緒にいたら、たとえアマリリスとの同室フラグが回避できたとしても死しか待っていない気がする。
「やはり殿下にご迷惑をおかけするわけにはいきませんわ。私、一人で職員室に行きますのでお構いなく……」
「でも君、職員室の場所、知ってるの?」
「…………」
知ってます! と叫べないのが辛いところだ。ゲームを周回プレイしているので、校舎内の地図は頭に入っている。迷わず最短距離でいける自信はあるが、ジェイクの前でそれをすれば絶対に怪しまれてしまうだろう。
「僕も用事があるんだ。案内してあげよう」
「……ヨロシクオネガイシマス」
真っ白な灰になった気分でメルディはジェイクの提案に応えるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます