第9話

 

 気を取り直す。

 美咲がそれぞれが座席に腰をかけたのを見てコップを持ち上げる。それを見て俺たちもコップを持ち上げた。


「え〜、それでは! 一学期中間テスト終了を祝って!!」


「「「「「かんぱ〜い!!」」」」


──カン!


 四人が持っていたコップ同士を合わせる。プラスチック製のコップ同士の軽い音が部屋に鳴る。ガラス製とかなら良い音がするんだが。


「買ってきたお菓子とか開けちゃって良〜い?」

「開けちゃって! 開けちゃって! パーティー明けでよろ!」

「はいはい」


 俺はポテトチップスの袋の裏面と上下それぞれを開いてテーブルに広げる。こうすればみんながつまみやすくなる。


「私のお菓子もここに置いちゃおー」

「え、グミ入れんの? ポテトの塩分で不味くならん?」

「やまちーうっさい」

「すんません」

「あ、あはは……。あ、この曲知ってます」


 俺はやたらと長い前奏を聞き流しながらオレンジジュースを一口含む。俺やひなちゃんでも聞いたことのある青春ソングなのでかなり有名どころなのだろう。


「〜〜〜〜♪ ──っはあ! 楽しかったー!」

「美咲ちゃん、凄く上手だったよ」

「んふふ〜! ありがとうひなっち!」


 美咲がひなちゃんに抱きつく。目の保養だ。壁にかけられた大きいディスプレイには『八九』点と表示されている。美咲は「おしー!」と言って笑う。


「次は俺か……」

「頑張れーみやっち」

「頑張ってください拓巳くん」

「チッこのイケメン野郎が!」


 俺が応援されたことによって嫉妬の視線を向けてくる山内。


「仕方ないなー、山内が歌う時は俺が応援してあげようか」

「野郎の応援なんて貰っても嬉しくないね!」


 ぎゃんぎゃん山内が吠えているが歌が始まりそうなのでもう無視する。

 ふと、全体を見ると美咲もひなちゃんもどこか興味深そうにこちらを見ていた。今時の高校生で演歌を歌うやつもそうそういないだろう。

 

「〜〜〜〜♪ ……ふうー。久々に歌ったなー。って、何で笑ってるん? そんなに下手だった?」

「あははは! いやいや、ビブラート314って! 円周率か! しかもめっちゃ上手いし!」

「美咲さん、笑ったりしたら駄目ですよ……。拓巳くん、すごくお上手でした」


 ケラケラと笑い続ける美咲。山内は口をかっぴらいて固まっている。

 ディスプレイには『九九』点と表示されている。「わあ、すごいです!」とひなちゃんは手を叩いてくれる。何よりもこれが嬉しい。


「顔も負けて……歌ですら負けるのかっ!」


 「一人で練習してきたのに!」と言って唸っている山内。かわいそー。

 俺はソファーに腰を掛けてポテチを食べる。


「はは。まあ実力かなー」

「グギギ…!」


………。

……。

…。


「あ、そういえばもう少しで『合宿』じゃん!」

「忘れてたのかよ! テスト前に班決めしたしたじゃん!」

「テスト勉強で一杯一杯だったんだって!」

「美咲ちゃん、頑張ってたもんね」

「ひなっち! 私の味方はひなっちだけだよー!」

「わっ、わわ!?」


 感極まった様子の美咲はひなちゃんへ抱きつく。その衝撃でソファーの上に二人とも倒れ込んだ。


「おーい。ひなちゃんが迷惑してるでしょ? 離してあげなよ」

「え〜? 別に迷惑じゃないよね? ねーひなっち!」

「え、えっと……あ、あはは……はい……」

「ほら!」

「そんなわけないだろ? ほら早く」

「え〜?」


 「ぶーぶー」と言う美咲を無視して俺は彼女の脇を掴んでひなちゃんから引き離した。

 すると、「おい!」と言う山内の声がカラオケボックスに響いた。


「何?」

「『何?』じゃねえよ! 何女の子の体に触っているんだ! うら──じゃなくて、けしからん!」

「えー? 別に良いよねー美咲」

「んー? 私は気にしないよー? あ、でもやまちーは下心だらけだから嫌ー」

「何だと?!」

「女の子はそう言う視線とか敏感なんだぞ? モテたいならそう言うのは気をつけた方が良いぞー」

「何……だと……?」


 山内はショックを受けているようだ。まあ、自業自得ということで。


「え、えっと……お、男の子ってそう言うことが気になるんですよ……ね? な、なら多少は仕方ないと思います……た、多少は」

「グハッ!」

「いけない。それはオーバーキルだぞひなちゃん」


 ひなちゃんなりに気を遣ったんだろうが、それは逆効果だ。山内は「トイレ行ってくる……」と言って出ていってしまった。かなりショックを受けてしまったようだ。


「話は戻るんだけどさー。『合宿』って何するんだっけ?」

「あー、先輩から聞いたんだけど山登りとかするらしい」

「えっ!? 何でそんなことするのー!? 疲れるだけじゃん!」


 まあ、疲れると言う部分には全面的に同意する。


「創立してから続いてる伝統らしいよ。仲間と寝食を共にして絆を深め合い、体力をつけさせるのが目的らしい。健全な精神は健全な体から……ってやつ?」

「うえー。……ひなっちー! パジャマ! パジャマ一緒に買いにいこー?」

「寝巻きはジャージ以外駄目らしい」

「……もー! 学校キラーい!」

「あ、あはは……」


 ちなみに山登りは体操服で行う。前の知識だ。


「こうなったら! ひなっち一緒に歌お!」

「え、ええ!? あ、あの私……」

「はいマイク!」

「あ、わっ!?」


 ひなちゃんはマイクと俺をチラチラと見比べる。俺にどうして欲しいんだ?

 画面には「二人はプ◯キュア!」日曜朝の女児向けアニメ……でもあり大の大人でも楽しめる素晴らしきアニメだ。……多分。


「頑張れひなちゃん」

「た、拓巳くん……」

「そんな目をされても俺、ひなちゃんの歌聴きたいし」


 「ごめんね」と言って手を合わせた俺にひなちゃんは複雑そうな表情を向けてくる。


「次は俺がひなちゃんと歌うからー」

「はいはーい」

「うぅ……」


「はっ! もう歌い始めてる!?」


 トイレから戻ってきた山内。そう言えばこいつを待つために歌ってないんだった。


 それからしばらくして俺は空のコップを持って外へと出る。


「あ、わ、私も行きます」

「お、ひなちゃん。お疲れさまー」

「お、お疲れ様です……?」


 ひなちゃんは小首を傾げながらそう返してくれる。かわいいね。


「慣れないことやらせて疲れてないかなーって」

「あ、あー……そういうこと、ですか……。えーっと……ま、まあ確かに初めてのことだらけですけど……とても、楽しいです」

「そっか……なら良かったかな。ただそれだけが気に掛かってたから」


 彼女は基本的に人のお願い事などは断ることはない。人が良いと言えばそれまでだが、感情はある。楽しい楽しくない、苦しい苦しくないなどは感じるのだ。

 なら、彼女には楽しんで欲しいと思うのは、男のさがだろう。


「そうだったんですか……すいません、気を使わせてしまって……」

「ひなちゃんに楽しんでもらいたいことに、気を使うなんてことないよ。あー……俺の本意ってことね」

「そ、そうですか……」

「うん。そうだよ」



「んっ! んんー! はー! 歌った歌ったー!」


 そう言って思いっきり伸びをする美咲。俺たちはカラオケを出て、駅へと向かって歩いていた。


「結構歌ったねー。ひなちゃんはどう? 楽しかった?」

「はい。勿論です」

「グギギ……演歌だけじゃなくて普通の歌も上手いなんて……」

「肺活量が違うんだよ」


 演歌の方が難しいとは言わない。演歌には演歌の、ポップスなどにはポップスの難しさがある。


「それじゃあ明日ショッピングモールのハリニー君の前で!」

「はい。楽しみにしていますね」

「みやっちもね! 荷物持ち!」


 え、何それ。


「いつの間にそんなことが決まってたんだ……まあ良いよ」

「良いんかい! てか俺は!?」

「男手は二人もいらないからねー」

「あ、あはは……」


 最後まで哀れ。成仏しろ、山内。……っていうか、明日何をするんだ? 荷物持ちということは買い物だろうか。


 ま、二輪の花を守るナイト役でも頑張りますかね。

 
















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