第5話
「おはよう。ひなちゃん」
「あ、おはようございます。拓巳くん」
朝の教室。何事もなく学校へ登校できた俺はひなちゃんに挨拶をする。
「何読んでたの?」
俺はカバーのされている本を見ながらそう彼女に聞く。
「『西の太陽はしずむ』という森しのぶの本です」
「へー。聞いたことないなー。面白いの?」
「はい! ミステリー物で人間関係がよく描かれていてとても面白いです」
本当に小説が好きなのだろう。心なしか目がキラキラしている。
「そうなんだ。そんなに面白いなら俺も読んでみようかな?」
「え、で、でも、拓巳くんの好みに合うかは……」
「そういうんじゃなくてさ、俺はひなちゃんの好きな物を知りたいだけだから。まあ、漫画ばっかり読んでたから、読むこと自体は遅いと思うけどね」
「……あ、あはは」
ふと、視線を感じた。俺はそちらにチラリと視線を向ける。
そこには髪を金髪にしている傲慢そうな女。周りには取り巻きがいる。
(そう言えば、前に告白してきた女があんな感じだった気がするな)
前というのはタイムリープ前のことだ。
(ふーん。上手く利用できそうだな……)
「拓巳くん?」
「ああ、ごめんね。部活の話だっけ? 俺は帰宅部かな〜って考えてたけど、ひなちゃんと同じ文芸部に入ったらもっと一緒に入れるかなって今は考えてる」
「わ、私?」
「そうそう。俺、ひなちゃん好きだし」
「も、もう! こういうところでそんなこと言うの駄目!」
ひなちゃんは薄桃色の唇の前に人差し指を立てる。可愛い。
「ふーん。じゃあ、ここじゃなかったら良いの?」
俺はひなちゃんの耳元で囁く。
「そ、そう言うわけでもなくて……!」
「ごめんね。ちょっとからかいすぎた?」
さらに強くなった視線。嫉妬や怒りが混じった視線だが、それは俺ではなくひなちゃんに向けられている。
「はーい。皆さん席に着いてくださいねー」
そうすると教室にチャイムが鳴り、それに合わせて担任の教師が入ってきた。
じっくりと行こうか。
───────────
──放課後。
「部活見学、一緒に行く?」
「あ、わ、私は勇気くんと……」
「そっか」
残念。彼氏くんと一緒にかあ……。
「ひな。一緒に行こう」
「う、うん。今行くね……!」
うわー。なんか本当に嬉しそうと言うか、幸せそうと言うか。へこみそー。
顔赤いし、ニコニコしてるし……あー、駄目だ鬱になりそう。
文芸部にでも行くかなー。
「ね、ねえ。ちょっと良い?」
「ん?」
そこにはひなちゃんを睨んでいた金髪の女。
「どうした? 部活見学一緒に行きたい?」
「え、くちょ……」
「は? 何?」
「な、何でもない……」
「ふーん。何もないなら行くね」
俺はその場を後にする。後でヘイト分散も考えないとね。
担当教師にもらった学校とそれぞれの部屋に振り分けられた部活の見取り図を見ながら歩く。文芸部の部室は図書室の横らしい。
「失礼しまーす。見学に来たんですけどー」
「あ、こんにちは。色々とあるから見ていってね」
文芸部の教室に入った俺を出迎えたのは、眼鏡をかけた真面目そうな先輩らしき人。
「うす。これって自分で作ったやつを置いてるんですか?」
「そうだね。まあ、私の作品しかないんだけどね……」
「ん? 文芸部って先輩一人だけなんですか? それでこんなにあるって凄いですね」
机の上には六つ程の原稿の束があり、それぞれ麻紐で纏められている。
「そ、そうかな……。ま、まあ一年生からコツコツ書いてきたから、このくらいはね」
俺の褒められたせいか先輩はかなり嬉しそうに頬を緩めている。
「俺、宮内拓巳です。先輩のお名前伺っても大丈夫ですか?」
「あ、ごめんね? 二年の浅井愛奈です」
「愛奈……ってことはこのアイってペンネームってやつですか?」
「そ、そうだよ。って変だよね!? 自信がなくてどの賞とかにも応募できてないのにペンネームとか考えてるとか!? 勝手に盛り上がっててうざいよね!? あー、言ってて恥ずかしくなってきた……!」
ペンネームのことを言われて恥ずかしくなったのか、先輩は早口で捲し立てるようにそう言った。
「……別に恥ずかしいことじゃないと思いますけど。こんなに作品を作れるってそれくらいこれが好きってことですよね。なら、恥ずかしくないです」
「そ、そう……?」
「はい。あ、見ても大丈夫ですか?」
「ど、どうぞ……」
俺は一つ薄めの原稿の束を取って見始める。恋愛系? だろうか。女子高生がパン咥えて走ってぶつかってる。ヤンキーに……? あ、なんかメンチ切られだした。え? 恋愛?
「な、なんか、斬新? ですね?」
「そ、そう? ……ふふ、他人に見られるってこんなに緊張するんだね……」
「はは、そうなんですね……。ん?」
原稿の束が置かれてる机の後ろの本棚。そこでとある小説を見つけた。
「『西の太陽はしずむ』……?」
「あ、それは私の私物なんだけど……」
「へー。何でここに?」
「もう読み終わったから学校の備品に出来たらなーって。もう家に置けるところもないし」
そのほかにも様々な小説が並んでいる。
「これ、借りて行って良いですか? 必ず返すんで」
「え、うん。別に大丈夫……だけど」
「あざす。じゃあ今日はもう帰ります」
「あ、うん。また来てねー」
俺は『西の太陽はしずむ』を手に持ってその教室を後にした。
家帰ってよもー。
──その日の夜。
俺はメールアプリを開いて、ひなちゃんにメールを送る。
拓巳:『文芸部の先輩に借りた。今から読みます!』
ひな:『文芸部の先輩が持ってたんですか? 結構マイナーな本だと思うですけど……』
拓巳:『うん。ひなちゃんは今日文芸部行かなかったの?』
ひな:『勇気くんに着いて行っていたので……全部運動部でした……』
ひな:クマがしょんぼりするスタンプ。
拓巳:『ひなちゃん、マネージャーに誘われたでしょ?』
ひな:『お断りしちゃったけどね』
拓巳:『ひなちゃんの可愛さに気づくとは、なかなかやりおる』
拓巳:クマが腕を組んでうんうんと頷くスタンプ。
ひな:『そうなのかな……もしかしたら、勇気くんを誘うためだったんじゃないかな?』
拓巳:『それは自己評価低すぎ。ひなちゃんは可愛い。自分を卑下する言葉禁止ね』
ひな:『あの、恥ずかしいです……』
ひな:ハリネズミが顔を隠しているスタンプ。
拓巳:『事実だからね。そう言えばひなちゃん、文芸部に入るって言ってたけど、小説書くの?』
ひな:『……見せられるほどのものでもないですが……//』
拓巳:『へー。ひなちゃんが書く小説、見てみたいなー』
ひな:『そ、それはちょっと……』
拓巳:『ちぇ。残念……じゃあ、またいつの日かってことで!』
拓巳:『俺、小説読んで寝るから』
拓巳:『おやすみ。ひなちゃん』
ひな:『おやすみなさい。拓巳くん』
ひな:ハリネズミが布団をかぶって寝ているスタンプ。
拓巳:猫が丸まって寝ているスタンプ。
うん。今日も良い一日でした!!!
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