第3話
やったね……。(絶望)
何を言ってるんですかねえ、俺は。人殺しすぎて頭おかしくなっちまったのか?
一旦冷静になる。ここから出来る行動は二つ。誤魔化すか玉砕するか。この告白が成功すると言うことは万に一つもないだろう、ひなちゃんはあの屑の彼女だ。
玉砕した場合、友人という関係が保てなくなる可能性がある、いやそれは無いか……あっても彼女に苦手意識を持たれるだけだろう。だが、男としては見てもらえる。正直、男として見られるのとそうで無いのでは天と地ほどの差があるだろう。
誤魔化した場合、彼女に嘘をつく事になる。よし、玉砕するか。
「え、ええ!? ほ、本気……ですか?」
「ああ、俺は本気だ。正直にいうと、一目見た時から君が気になってた。俺と付き合って欲しい」
「え……えっと、私……彼氏がいるので……」
「そうか。でも、俺がこの気持ちを止めることができそうに無い……だから、君にアピールをしたいんだが……。勿論、君が嫌だというならすぐに辞めるよ」
「…………そ、それくらいなら……?」
「本当? やったぜ! ……あ、そう言えば、ひなちゃんはどの部活に入るんだ? 俺は──」
ひなちゃんの心を誘導しているようで少し気が引けたが、二つの心理を利用させてもらった。一つは告白を断った負い目を感じさせ、その後のお願いを受け入れさせやすくするもの。二つ目は、最初に大きな条件を出し、それから小さな条件を出し、本命の条件を受け入れやすくするものだ。
この心理はビジネスなどでもよく使われる手法で応用が効きやすい。
彼女は俺の告白を断った負い目と、一度俺の提案に頷いたという彼女自身の意思を絡み合わせて、断りにくい状況を作ったのだ。しかも、この言葉はクラス中の人が耳を傾けて聞いた。尚更、自身の言葉を曲げることは難しいだろう。
これでひなちゃんにアピールする為の舞台が整った。危険な賭け事紛いのところもあったが終わりよければすべてよし、俺の勝ちである。
まあ、ひなちゃんを騙すような形になって罪悪感がないと言えば嘘になる。もっと、スマートなやり方があったということも認める。
でも、俺は本気だよ。君は俺が幸せにしたい。歪んだ願いだろう、他人の理解は得られないかも知れない。だが、それらはどうでも良いことだ。
俺は他の誰かに君を預けて、後悔なんかしたくない。あんな地獄、もう懲り懲りだ。
俺は本気なんだよ。その為だったら俺はどんなことだってしよう。この手を汚すことだって厭わない。
そう、何度だってね。
……彼女は拒絶するだろうか。こんな俺を気持ち悪いと、突き飛ばすだろうか。それとも優しく抱きしめてくれるのだろうか。
まさに、神のみぞ知るってね……。
───────────
──次の日。
やあ。このままエンドロールかと思った? 残念俺でした。
昨日はお楽しみでしたね(ひなちゃんのことを入れたという意味で)。
俺は気分が高揚しているのを感じつつ家を出る。前の高校時代でもこんなに登校が楽しみになったことはないだろう。
あ、そう言えば俺、高校中退してたわ。
前は裏に誘われてそこに所属してたんだよな。所詮ヤ◯ザってやつだ。まあまだキレイな方だったから殺しとかは無かったけど、雇われとか護衛とかはやったことがある。……ん?
少し遠くの方で困っている様子のひなちゃんを発見した。今すぐ向かおう。そうしよう。
俺がひなちゃんに近づくと、ひなちゃんは畑の沼にハマって動けなくなっている子供を助けようとしていた。優しいね。
「ひなちゃ〜ん。おはよー」
「あ、拓巳くん……」
「え、なになに何で泣きそうなの? まあ良いや、その子助けるから、ちょっと退いててね」
握っていた子供の手を離したひなちゃんに変わって俺が子供の手を握る。小学生らしき子供は泣きそうなのを我慢しながらじっとこちらを見つめてきた。
「よっと」
俺は沼に片足を突っ込んで子供を思いっきり引っ張り上げた。ズボッと抜ける子供。俺はそいつを腕に座らせる形で持ち上げる。
子供の足を見れば泥に紛れて赤い鮮血が滲んでいる。
「その子、怪我……」
「泥って小石とかが混じってるからズタズタになるんだよね。俺みたいに長ズボンだったら大丈夫なんだけど」
「……」
「別に顔しなくても……」
そんな泣きそうな表情をされたら俺が困ってしまう。好きな人の泣き顔は少し心にくるものがあるのだ。
「俺、この子の家に行って事情伝えてくるから、多分学校遅れると思うしひなちゃんは先に学校に──「私も、行きます」……いや、だから──「私も行きます!」おーけー、わかった……」
意外な押しの強さに根負けした俺は降参のポーズを取る。ひなちゃんの新しい一面を知れた反面、そんなに俺に信用はないのかと少し悲しい気持ちになる。
「それで? ガキンチョ、お前誰にあんなことやられたんだ?」
「──え?」
「誰かに突き落とされたんだろ? 話さないから言ってみろよ」
そう言い切った俺にひなちゃんは俺と子供を交互に見ている。かわいいね。
「別に、一人で遊んでただけ……」
「嘘だな、人様の敷地に侵入する奴はお前みたいに理性がねえんだよ。足の怪我、痛えだろ? 俺がお前と同じくらいの歳だったら泣きじゃくってたね」
「……」
「だんまりか? 俺を騙すには数十年早かったな」
「う、うるさい!!」
羞恥心で耳まで赤くした子供は俺の腕の中で暴れ出す。
「我慢は美徳だが、過ぎれば毒だぞ。やられたならやり返せ。俺はそうして生きてきたぞ」
「……さっきのところ右」
「は? そういうのは先に言えよ……」
「あ……あはは……」
子供の家に着いた。俺は子供の母親に子供を預けて、すぐにその場を去った。もうこれ以上遅れると本当に遅刻だ。
「家が近くでよかったな」
「はい……あの、ありがとうございました」
「ん? ……まあできたからやっただけだよ」
俺とひなちゃんは並んで登校する。めっちゃ嬉しい。
「あれ、そう言えば恋人くんとは一緒に登校してないのか?」
「あ、はい……そのつもりだったんですけど……お腹を壊したとかで先に行ってと……」
「ふーん。ていうかまた敬語?」
「え、あ!す、すいませ──じゃなくて、ご、ごめんね?」
「いや、別にそっちのペースでも良いんだけど……」
「いえ、大丈夫、大丈夫です!」
頬をペチンと叩いて気合いを入れた様子。かわいいね。
「あ、あの、拓巳くんって優しいですね」
「俺が?」
「はい。だって私もあの子も助けてくれましたよね?」
あの子とは先ほど助けた子供のようだ。
「違うよ。俺は優しくないよ、俺はひなちゃんがあの子を助けたいって思ってたから助けただけ、助けたら好感度が上がるしね」
「……いえ、やっぱり優しいよ。私は確かに助けようとしてたけど、あの子を家まで届けるなんてことはしなかったと思う」
「いや、したね。絶対」
そう断言するとひなちゃんは「ふふ」っと、笑い出す。「何で拓巳くんが否定するんですか?」と、言ったひなちゃんは息を吐いて「でもやっぱり」と続けた。
「拓巳くんは優しいですよ。あの子の泥がつくのも構わずに抱っこしてたじゃないですか。それに、あの子にアドバイスもして、内容はアレでしたけど……」
「ふーん」
え、なにこの子、本当に良い子すぎるんだけど。告白したい。あ、もうしてた。
「もしかして、惚れちゃった?」
「え?」
俺は住宅街の壁に手を付け、ひなちゃんを腕の中から逃さないようにする。
「え、えっと……?拓巳……くん?」
ひなちゃんは羞恥や緊張などでは無く、困惑していると言った様子で俺をただ見つめる。俺も見つめ返した。
「やっぱり俺と付き合わない? ひなちゃん」
「──な、何をしてるんだ?」
ああ、やっぱりお前か。さっきから下手くそな尾行しやがって……殺してやろうかと思ったよ。
なあ? 奥村勇気くん?
「ゆ、勇気くん! こ、これはね!!」
ひなちゃんはどこか必死な顔で今の状況を弁解しようとする。……面白くないな。
「あはは! ごめんね、ひなちゃん! さっきので足を痛めてたみたいでよろけちゃった。怪我はない?」
「え、あ、う、うん……」
「ならよかった! 俺、一回家に帰って手当するから、先生に遅れて来るって言っといて?」
俺は一旦家に帰ろうと学校の反対方向へと歩き出す。奥村勇気がいる方へと、歩く。
視線が合う。
ああ、コイツと一緒にいたら気分が悪くなる。俺は足早にその場を去った。
泥は落とせても後悔は拭えない。俺にとってこの男は前の後悔の象徴だ。
今はまだやらない。束の間の幸せを感じておけ、お前の行き先は地獄だ。
……ひなちゃんには悪いことしちゃったかなぁ。後で謝らないと……。
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