第2話

 愛の為ならなんでも出来るとかそんな綺麗事を何度か聞いたことがある。正直そんなのフィクションのお話で現実には無いと思っていた。


 入学式当日。俺は用意された椅子に座り、たった今壇上にて答辞をしている彼女、巳波ひなを見ている。


 彼女を見ていると不思議と気持ちが落ち着き、それとは別の高揚感らしきものも胸中に渦巻く。


「──新入生代表。巳波ひな」


──パチパチパチ!


 答辞を終えた彼女に盛大な拍手が巻き起こった。俺もそれに合わせて手を叩く。


 壇上を降りている彼女を見て思う。俺は、彼女を前にして冷静でいられるのだろうか……と。我慢するしか無いね。


──教室。


 案内された教室にて、新入生たちは積極的に友人を作ろうと活発的に話しかけている。


 何故か俺の周りには誰も来てくれない。そんな怖い顔してるか? 俺。自分で言うのもなんだがかなりの容姿を両親から受け取ったと思っているんだが……。


 思考を中断する。それよりも今俺がすべき事は目の前の席に座っている彼女、巳波ひなへ話しかけて仲を深めることだ。


「こんにちは」


 俺は彼女の肩を優しく叩いてこちらに気付いてもらう。新入生代表の挨拶をしたからか、それとも彼女が整った容姿をしているか分からないが彼女も俺と同じで周りに人はいなかったのでタイミングを測る事は容易かった。


「え、私……ですか?」

「そうそう。前の席だし、友達になっときたいなあって思って」


 周りをキョロキョロと見回して自身に指を刺す彼女。肩を叩いたんだから君しかいないだろ! と言いたいとこだけど可愛いからおっけーです。


「俺、宮内拓巳。趣味は漫画と運動……君は巳波さんだよね? 新入生代表の。見てたよ、良い答辞だった」

「あ、ありがとうございます……。え〜……んっん! 私は巳波ひなです。趣味は……読書と勉強です……かね?」


 んっん! ってめっちゃ可愛い。俺が咳き込むかと思った。てか小首傾げないで? 死人が出るよ?(主に俺)


「なんで疑問系? ってそうか、新入生代表って頭良い人がなれるんだっけ。めっちゃ凄いじゃん」

「そ、そんな! 勉強がちょっと出来るだけですよ!」

「謙遜は勿体無いと思うけど……勉強って積み重ねだし、それが出来る人って素直に尊敬できるよ」

「あ、ありがとうございます……」


 俺がベタ褒めすると彼女は少し頬を朱に染めて照れたようだ。


「あ、そう言えば名前とかどんな漢字なの? 普通に三に海の波みたいな漢字?」

「えーっと……十二支の蛇の巳に、海の波と書きます」

「十二支……???」


 十二支の巳の書き方なんて知らないよ……。


「ごめん!ノートに書いてみてくれない?俺、持ってるし」


 俺は片手サイズの手帳を制服のポケットから取り出す。それにペンも添えて彼女に手渡す。彼女は嫌そうな顔を一つせずに漢字を手帳に書いてくれた。


「うお、字めっちゃ綺麗……習い事やってたの?」

「お母さんが習字の段を持ってたから、小さい頃に補正されて……」

「へ〜。ん? この巳って俺の名前と一緒の漢字じゃん……。俺生まれてきてからこのこと知らなかったの地味にショックなんだが……」


 俺が地味にショックを受けていると正面から「クスッ」と、笑い声が聞こえる。正面に顔を向けると彼女が肩を震わしながら笑っていた。


「ひでー。別に笑わなくても良いだろ?」

「す、すいません……でも面白くて……」

「……」


 まあ、好きな女の子が笑ってくれて悪い気はしないが……。


「……じゃあ、罰として今から敬語禁止、後名前呼びね」

「え、ええ!?で、でも……」

「でももヘチマもない。ほら、名前呼んでみて?」


 彼女は少し困った様子で口を開いたり閉じたりしている。俺が「ほら」と、促すと意を決したように口を開いた。


「た、拓巳……くん?」

「…………」

「え、えっと……?」


 ひなさん……上目遣いで名前呼びは反則です。レッドカード即退場(褒め言葉)です。


「はっ! 危ない、意識飛んでた」

「だ、大丈夫なの?」

「ああ……あ、俺も名前で呼んで良い? 嫌なら断ってくれても良いけど」

「べ、別に嫌じゃないで……いよ?」


 敬語になりかけたのを慌てて直したひなに頬が綻ぶのを感じつつ、俺は彼女の名前を読んでみた。


「じゃあ、ひな」

「は、はい!」

「……やっぱり、ひなちゃんにしよっか」


 少し高圧的な感じになった気がするのでちゃん付けへと変えてみた。すると少し強張っていた背筋が弛緩したのを感じた。


「ふむ……」

「え、えっと……?」


 俺はひなちゃんを観察する。顔は少し地味目……と言うより穏やかそうな顔で垂れ目と涙袋の黒子がチャーミング。艶やかな黒髪は今すぐ撫でたいほどに綺麗だし、今は制服で着痩せしているが、俺の目は誤魔化せない。ナイスバディ!!!


「拓巳くん……?」


 俺の様子を心配してかひなちゃんが俺の顔を覗き込んでくる。優しい。


「俺と付き合わない?(ごめん、何でもないよ)」

「え?」

「ん?」

「「「「……………」」」」


 静まり返る教室。流れる冷や汗。乾く喉。


 し、失敗したあああああ!!!!


 






 

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