後編

 間もなく終電ということもありパーティーはお開きになった。


「良かったら、ピザちょっと持って帰ってよ」


 二人しかいなかった割には、かなりの量を食べたが、それでも大量に残っていたが、そのうちの半分、Mサイズのピザ4枚分はもらっていくことにした。


「この部屋一人で住むんだよね」


「まあ、はい」


「本当はこの部屋ってさ、一人にしては広すぎると思う。寂しいよ」


 そう言う家主は確かに寂しそうだった。


「まあ買ってくれるのは私にとってはありがたいけどね」


「そういうの気にしないんで。どうせこれからも一人ってわかってるんで、今更そんなことを嘆きませんよ」


「それならいいんだけど。まあ私もこの家ものすごい気に入ってるんだけどね。結構住んでいると愛着が湧くっていうか」


「そうですか。でも、聞けて良かったです。これからはこの家は僕の方でちゃんと守っていくんで」


「そっか、そうだよね。うん」


「じゃあ、そろそろ終電やばいんで帰ります」


「ありがとう」


 そう言って、足早に去った。



 翌日、早速不動産屋と会い、契約確認の段階に移った。わかりきったことだが一応法律上どうしても必要ということで、重要事項の説明を受け、後は署名捺印さえすれば契約完了という段階に至った。そんなときに、不動産屋の電話が急に鳴った。電話で席を外した不動産屋は、戻ってくると顔面蒼白だった。


「申し訳ございません。実は売主様が少し考えたいと言い出しまして」


 あの家主が突然ごねてきたらしい。


「どういうことですか?」


「もう一度高原様とお話しして、諸条件をお話ししたいということです」


「諸条件?」


「私にも何を話したいのかわからないんですけど」


「別に大体応じますけど」


「まずは会って話したいと」


「なるほど……」


 昨日何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。そもそも会話らしいことはあまりせずただただピザを食べ続けたくらいでしかないのに、嫌われるも何もないだろう。ただ、別に会うこと自体は別に何ら問題はない。


「別にお会いすること自体問題ないですよ」


 不動産屋は頷かなかった。


「大変申し上げにくく、このようなことを言うのも少し失礼なのかもしれませんが、突然条件を出さずに渋りだす売主さんというのはたまにいらっしゃいます。そして、その場合大抵はお気持ちによるもので、一度売るか悩んだ時点で大抵は売らないことが多いです」


「なるほど」


「高原様はなるべく早く物件を見つけて引っ越したいということでしたよね」


「はい」


「であれば、別の物件にした方がよろしいのではないかなと思います」


 まさか不動産屋の方から別の物件を勧められるとは思ってもいなかった。


「実は最近になって、別のマンションですが一つ売りに出ていまして」


 そう言って、不動産屋は資料を見せてくれた。47階建ての最上階で、場所は湾岸沿いだった。金額は少し上がるが、間違いなく景色も良い。それにさらに部屋が広くなっている。別に悪い物件には思えなかった。


「確かにここもいいですけど、でもせっかくなら……」


「いいですよね、一度内覧をしてみてはいかがでしょうか」


 既に縁のあるあの家主の家を買いたかったが、別にこの家であれば、内覧をしても良いかと思い、内覧をすることにした。


「ちなみに、前内覧に行ったあのマンションは?」


「とりあえず、私にお任せください」


 

 この日中に手配してくれたため、湾岸沿いのタワマンを内見に行った。同じようなエントランスにラウンジ、オートロックを経て、最上階に上がる。今回はどんな家主に会えるかと少し期待したが、今回は誰もいない空室だった。


「売主さんがいらっしゃると、少し気を遣いますよね。ぜひ思う存分見ていってください」


 そう言う不動産屋に従い、メジャーなどで高さなども測りながら、部屋の隅々まで見て回った。

 窓からの景色は絶景だった。

 都心でありながら、オーシャンビューを楽しめ、まさにすがすがしい朝を迎えられることが約束されたような場所だった。


「これは絶景ですね」


「そうですよね。こちらの物件は景色が特にポイントとなっております」


 確かに悪くない部屋だった。


「いかがでしょうか?こちらでローンの仮審査をしてみましょうか?」


 不動産屋としてもこちらがおすすめの物件なのだろう。まあ確かにごねている家主がいるところと比べれば、問題なく進められるのかもしれない。


「すみません、少し待ってもらえますか?」


「承知しました。ただ、こちらの物件は人気が高いですので、他に即決される方がいらっしゃればその方を優先させていただきます」


 前回のタワマンでは言わなかった煽り文句をこっちでは言ってきた。前回のあのタワマンであればただ即決する人間と思われたくない気持ちだけで結論を先延ばしにしたが、今回はそうではなかった。


「わかりました。また別途連絡します」


 そう言って、湾岸沿いのタワマンの内見は終了した。



 不動産屋と別れてからすぐに、例の変な家主のいるタワマンの3901号室に向かった。正直いないことも覚悟していたが、行ってみれば普通にいた。エントランスでインターフォンを鳴らすと、すぐに開けてくれた。



 いつも通り、こたつを囲んで家主とともに座る。


「何、突然?」


「何か渋ってるらしいですね」


「ああ、それで」


「直接話したいって言うんで」


「別に、大したことなんかなくて……」


 家主はピザを持ってくる。


「半分持って帰ってもらってもまだ食べきれなかったから、食べる?」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「じゃあ、私は食べるよ」


 家主は食べ始める。


「金額もう少し吊り上げるとかですか?全然大丈夫ですよ」


 家主、無視して食べ続ける。


「やっぱり住み続けたくなりましたか?」


 家主、1ピース食べ終わる。


「いや、そういうことでもないけど」


「じゃあ何ですか?」


 家主は俺をじっと見つめる。


「何ですか?」


「何か思ったりしないわけ?」


「何をですか?」


「だからさ……、なんでわざわざ直接交渉したいって言うのかなとか」


 じっと見られると、さすがに顔を背けてしまう。


「そんなに見られると困りますけど」


「何が困んの?」


「いや、だから……」


「何?」


「いや……」


 ここまで言われると、少し意識してしまう。パーティーの時にも思っていたが、女の子と二人きりになるなんてイベントは人生でこれまでほとんどなかった。それが当然だとも思っていた。結局そんなイベントも関連イベントもほとんど起こらなかったために、そんなイベントを期待することをあきらめていた。だからこそ、パーティーと言い、今日と言い、これまで何とか意識せずに済んできていた。



 意識してしまうと期待してしまう。



 この期待は、結局裏切られてしまう可能性が高い。今回はどうなのだろうか。向こうから好意を持ってもらっているのかもしれないし、そうでもないかもしれない。ただの内見に来た人と家主というだけの関係だ。それに好意を持つ方がどうかしている。もしかすると、ドッキリとかかもしれない。モテない男を誘惑してみたみたいなドッキリものは確かに視聴回数も伸びそうだ。これを機に芸能界でもう一度売れることを狙っているのかもしれない。そうに違いない。いや、でもそんなことをする人間だろうか。


 この人を信じて良いのかどうか、本当に好意を持って接して良いのかどうか。自分の気持ちとしては、もはや好きに近づいていた。かなり好きだなと思ってしまうからこそ、これまで意識しないでいた。俺という人間にも普通に接してくれるし、とにかく一緒にいても無駄に気を遣うこともない。何となく人の良さも伝わる。それらを踏まえると、かなり好きに近かった。というか、好きだった。


 お互いに沈黙が続き、目も合わせない状態が続いた。


「わかった、そうだよね。いいや、この家ちゃんと売るから。ごめん、いきなりちょっとごねたりして」


 家主の方を見ると、ただひたすら下を向いているが、少し泣きそうになっているのが見えた。

 やはりそういうことだったのだろうか。でも、わからない。


「でもさ、東京にもし来ることあったらさ、たまにはここに来て良い?いや、厚かましいか。ごめん」


 涙声で家主が言う。

 何も言えないまま沈黙が続く。こんな状況はあまりにもいたたまれない。とはいっても、ただ家主は弱ってるに過ぎず、こっちが勝手に恋愛感情的なものを持っているだけの可能性もなくはない。でも、このまま放置して、この家を買って関係を終わらせてしまって良いのか。


 そんなとき、ふと隣の部屋が見えた。内覧した時と同様、何もない部屋にただ竜のぬいぐるみが置かれているだけだった。ただ、そのぬいぐるみは寂しそうにこちらを見ているような気がした。そしてそれは家主の気持ちを現しているかのような視線にも感じた。


「じゃあ、こうしませんか?そこの部屋だけ売ってくれませんか?」


 俺はそう言って、竜のぬいぐるみのいる部屋を指した。


「え?」


「だから、あの部屋だけでいいですよ。別にそんな荷物が多い訳でもないですし、別にそもそも人生を謳歌するためにタワマンでも買うかくらいの気持ちだったんで」


「でも、それって」


「どうせ使ってない部屋なら竜がいようが僕がいようが変わらないじゃないですか?」


「いや、でもそれはさ……」


「なんて……」


 冗談ですよ、と言おうとした。


「そうしよっか。別にいいんじゃない、それで」


「え?いいんですか?」


「どうせ使ってないし、その部屋」


「でもそれって……」


「まあたまにパーティー開いたときに余ったピザ食べてくれる人いた方が助かるしね」


「そういう理由ですか」


「とりあえず、じゃあピザ食べてくれる?」


 テーブルの上のピザを俺は食べ始める。一緒に余ったピザを食べ始めたこの日を機に、家主と一緒に住むことになった。



 それからすぐに引っ越し屋を手配、何となく向こうの気が変わってほしくないと思った俺は、ものすごい割高料金で翌日手配し、翌日から竜がいた部屋に住み着いた。


「めっちゃ必死じゃん。歓迎パーティー開こっか?」


 少し煽るように家主が言ってきた。


「まあパーティーの参加者0人の可能性があるんでやめときますね」


 こちらも煽っておいた。


「とりあえず、これからよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。一応このマンションは買わないってことでいいんだよね?」


「まあ手続き的に面倒だと思うんで、代わりに家賃払いますよ」


「うん、わかった。じゃあ、松岡さんには謝っとかないとね。あ、不動産屋さんのことね」


 完全に忘れていた。ある意味、あの人はキューピットかもしれない。マンションを買わなかったことのお詫びの品を送っておいた方が良いかもしれない。


「それとさ、私に散々敬語使うけどさ、それもういいよ。ちなみに、何歳だっけ?」


「27です」


「えー、年上じゃん。私23なんだけど」


 まさかの年下だった。ウィキペディアで調べておけば良かった。元々リラックスしていたが、さらに力が抜けた。


「なんだよ、言えよ」


「でも、私の方が家主だからね。だから、まあ対等ってことで。あと、普通の女の子にそんな言い方したら印象悪いからね」


 今までこういうことを言われてこなかった人生だったので、初耳の情報だった。


「これから気を付けるよ、でも家主さんは普通の女の子じゃないんだ?」


「いや、普通の女の子だけど。てか、その家主さんってやめない?」


「いや、だってさ」


「君は下の名前なんて言うの?」


「まこと」


「なら、まことって呼ぶから、そっちもこころって呼んでよ。これから一緒に住むんだから、せめてそれくらいはさ」


「うん、そうだね」


「ほら呼んでみて」


 そう面と向かって、下の名前で呼べと言われるとなかなか難しい。


「まこと、照れてんの?なんか顔赤くなってるけど」


「いや、そんなことないから」


「じゃあ呼んでよ」


「……、こころ」


 家主ことこころは、ふふっと笑った。


「ちなみに、俺らの関係ってさ、これなんて言えば……」


 こころは笑いながら、


「自分で考えれば良いんじゃない」


「付き合ってるってことでいい?」


「別に告白されてないけどね」


「……、まあそうだね」


「まあ、おいおいでいいよ」


「おいおい?」


「うん、おいおい」


「別に俺がしなくてもいいとは思うけど」


「しないんだ?」


「いや……、しないわけでも……」


「まあ私がするにしてもおいおいかな」


「おいおいか」


「まあ気が向いたらするし、気が向いたらしてよ。断らないから」


「それってさ……」


 好きってことと一緒じゃ?と、俺が聞きかけたときには、こころはリビングを出て行き、自分の部屋に戻ってしまった。

 既に夜も遅くなっており、俺も自分の部屋で寝ようとすると、こころがリビングに戻ってきた。



「おやすみ」



 そう言って、また部屋に戻っていた。


 縁がないと諦めていた恋愛を初めてできたのだと、好きな子から言ってもらえるおやすみで初めて気づいた。

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内見から始まる恋の物語 サクライアキラ @Sakurai_Akira

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