第21話

 私から、住宅内見の提案をしてみた。

 それに対して、三浦さんは少し戸惑いながらも頷いてくれた。


 三浦さんにしては珍しく、難しい表情のまま。

 そのまま立ち上がると、平常を装った声色で言ってくる。


「そうしましたら、少し遠いので車出しますね」

「ありがとうございます」


 三浦さんの顔は冴えないままだった。

 もしかして、私の意図が伝わっていないのかな?

 三浦さんも喜んでくれると思ったのになぁ。



 そう思っていると、三浦さんは忘れ物を取りに来たように戻ってきて、言ってきた。


「行くとしたら、内見の予約が入っていないところが良いですよね。きっと長くなるんですよね?」


 あ、良かった。

 ちゃんと伝わっているみたい。

 私は三浦さんに微笑んで、返事をする。


「はい。それでお願いします」


 三浦さんも、納得したように頷くと、準備をするためか、控室の方へと向かっていった。



 ふふ。これで、上手くいきそう。

 この先のことを考えるとゾクゾクするよね。

 楽しみだなー、内見。


 そう思って悠真の方を見ると、悠真は不安そうな表情を浮かべていた。

 悪いことをしてしまった犬みたいに、おどおどして、少し震えているみたい。


 躾も大事なことだけれども、それはタイミングが大事。


 今はその時じゃないから。

 私は、不安そうな悠真の手を握ってあげる。


「大丈夫だよ、悠真。私がついてるよ!」


 私の言葉に、悠真の表情は晴れなかった。

 顔は俯いたまま。


 それはそうか。

 悠真の不安の種は私なのだから……。


 おびえる犬みたいな悠真。

 私の大好きな犬。


 見れば見るほど、愛おしいな……。



 私は悠真の頭を撫でてあげる。

 わしゃわしゃと、犬を撫でるように。

 こうすると大型犬って喜ぶんだよね。


 そうしても、まだ悠真は不安そうな顔をしている。



 今は私は怒ってないんだよ。

 それをしっかりと伝えてあげないとだね。

 抱きしめて落ち着かせてあげよう。


 私の抱擁に、悠真は少しだけ震えが止まったようだった。

 よしよし。


 落ち着いたところで、三浦さんの準備ができたようで戻ってきた。

 私と悠真が抱き合っているのを見て、三浦さんは一瞬表情を歪めたが、元の営業スマイルが戻って来ていた。


「それじゃあ、行きましょう」


 語尾は強めの口調で言ってくる。

 やっぱり怒ってるみたい。ふふ。


 三浦さんの声を聞くと、悠真は再度震えだしていた。


「悠真? 大丈夫、私がついているからね」



 犬だったら、返事するんだけれども。

 悠真は震えて、返事ができないようだった。


 私は、そんな状態の悠真と手をつないで、車へと向かった。




 ◇



 三浦さんの言う通り、物件は少し遠かった。

 駅近くの不動産屋さんから車で、二十分。


 ここに住むには、少し敬遠しちゃうような所かもな。

 中が良ければ、考えなくもないけれども。


 車の中では、悠真は終始俯いて震えていた。

 私は、そんな悠真の手を握ってあげて。

 バックミラーで三浦さんと目が合う度、三浦さんは舌打ちをしそうな目で睨んできていた。


 三浦さんは、怖いなぁ。

 だからこそ、気になるの。


 悠真をどんなふうにして、虐めてくれるんだろう。

 気になるなー。

 ……楽しみ。



 ◇



 住宅へと着いたら、三浦さんが案内してくれる。

 駅から離れると、一戸建てタイプの貸家になっていた。


 一階のリビングは吹き抜け。

 天井には、天窓もつけられており、解放感は抜群だった。


「素晴らしいですね。こんな物件があるんですね!」


 素直に、物件の内見を始める。

 三浦さんも、まずは怒りを抑えて、通常の対応をしてくれるようだった。

 少し穏やかな表情になっていた。


「はい。ここがリビングになっています。すごくオシャレですよね」


 都会なのに、広い空間が確保されている家。

 私の理想にあっている気もする。


 私の手を握る悠真にも聞いてみる。


「悠真、ここ良い感じだね!」

「うん。とても良いね」


 悠真は、この家の解放感からなのか、ここが気に入ったのか。

 怯えずに、普通に受け答えしてくれた。



「もちろんですよ。私の一押し物件です」


 三浦さんも、普通に受け答えしてくれる。

 都会の住宅の内見っていい。


 せっかくなので、ちゃんと内見もしていこう。


「三浦さん、他の部屋も見れますか?」

「もちろんです。まずは、一通り内見しましょうか」


「はい、お願いします」


 そう言って、私と悠真は一通り内見をしていった。

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