第20話

 店員さんは、私のことをずっと目の敵にしたような態度でいる。

 悠真と馴れ馴れしくしているし。


 私は、こぼれたアイスティーを吹きながら、聞き耳を立てている。


「悠真君は、とっても優しいので、あなたのことも傷つけないようにしているんだと思いますよ」

「……悠真君?……なんでそんな呼び方をしているんですか」


 私は机を拭く手が止まってしまった。

 不思議に思って、聞き返してしまう。


「なんで、あなたは悠真の名前を知っているんですか……?」


 店員さんは、不敵な笑みを浮かべるだけ。

 私の質問に答える前に、悠真が話に割り込んできた。


「いや、三浦みうらさん。色々言わないでくれるっていう約束でしょ!?」


 さっきから、悠真は必死になって何か秘密を守ろうとしているみたい。

 私にバレないように、店員さんと悠真の二人だけの秘密を。

 なんで、私に隠す必要があるんだろう……。


 些細なことだけれども、私は気付いてしまったことがあったので悠真に聞いてみる。


「なんで悠真も、『三浦』さんの名前を知ってるの? 私たちの担当じゃないから、名刺なんてもらってもないのに……。この人に、自己紹介なんてしてもらっていないよ……?」



「……あ、それは」


 悠真は、気まずそうな顔をして俯いてしまった。

 三浦さんは、そんな悠真の顔を見て営業スマイルを浮かべている。


「悠真君が言わないなら、私から言った方が良いかもしれませんね。悠真君は、あなたと一緒に来る前から何回もこのお店に訪れてくれたんですよ」


 三浦さんはゆっくり話し始める。

 私にとっては聞きたくない話。


「あなたがしていたように、悠真君にも住宅の内見をしてもらっていたんです。そうですよね、悠真君?」

「……はい」


 悠真は否定しない。

 昨日、悠真から浮気話を聞いたばかりだけれども、この人が相手っていうこと……?


「悠真君は、優しかったんですよ。私と一緒に住む家を決めたいんだーって言ってまして」


 三浦さんの話の通り、きっとそういうことがあったのだろう。

 私と佐々木さんがそうであったように。


 それと、昨日の浮気話の件が結びついているのかな……。


「『今は彼女がいるけど、すぐ別れるから』って言ってたんですよね。そうだよね、悠真君?」

「……はい」


 悠真は借りてきた猫みたいに大人しくなってしまった。

 三浦さんの迫力に押されてしまっているのだろう。

 けど、それは悠真の自業自得だよ。


 悠真がちゃんと答えないからか、三浦さんは悠真への怒りを私に向けてくる。


「だから、身を引いてくれませんか? こんな浮気女が悠真と付き合ている意味が分からない」


 私が一方的に言われているけれども。

 それって、ちょっと酷い話だよ……。


 誰が悪いかって言われたら、悠真が一番悪いんだから……。


 怒りを私に向けるのは矛先違い。

 だから、私は悠真に核心部分を聞いてみる。


「昨日言ってた浮気相手って言うのは、この三浦さん? それとも、別の人?」


 私の質問に、悠真は俯いたまま動かなくなってしまった。

 三浦さんも、初めて聞いたような話のようで、一緒になって動かなくなってしまった。


 悪いのは、やっぱり悠真だね……。


「私はさ、本当のことが知りたいだけなんだよ。……悠真は何人と浮気してたの?」


 私を攻撃してきた三浦さんにも、苦味を味わってもらわないとだし。

 悠真の浮気癖って相当酷そうだから、それを知って、悠真のことを諦めてもらわないとだもんね。


 悠真は答える。


「……もう二人くらいいる」



 くらいってなんだろうね……。

 曖昧な返事でもごまかせるわけないのに。


 けど、なんでかな……。

 浮気をされていたってことなんだから。

 きっと、身体の関係を持っていたっていうことだと思うんだけれども。

 怒りの気持ちと一緒に、こんな人のことを独占したいなって気持ちが湧いてくる。


 やっぱり、悠真は私のものだもん。


 悪い子には、お仕置きをして……。

 それで、私だけを見るように服従させて……。


 私、悠真を虐めてる時ってゾクゾクするのに気付いちゃったんだ。

 また、それができるのかって想像しただけで、気持ちが良い気分。


 横目で三浦さんの方を見ると、三浦さんは絶句していた。

 怒っているような、飽きれたような表情を浮かべている。


 三浦さんは、まだまだ悠真への愛情が足りていないのかもしれないね。



 段々と三浦さんの眉間に力が入っていくのがわかる。

 今にも、怒りで悠真のことを殴りだしてしまいそうな三浦さん。


 この怒りようは、もしかすると私と遠距離恋愛している間で、長い付き合いをしていたのかもしれない。正式な彼女のつもりでいたのかもな……。


 ご愁傷様です……。

 ふふふ……。


 けど、三浦さんも被害者だもんね。

 可哀想だから、誘ってみようかな。


 悠真を虐めるっていう、お楽しみ時間に……。



「……すいません、三浦さん。こんな状態ですけれども、住宅の内見を案内してもらえませんか? 出来れば駅遠くで、人通りも少ないような場所で、壁が薄くないところが良いんですけれども」


「こんな時に、何言ってるんですか!?」


 机を叩いて、怒っている三浦さん。

 私の意図は伝わらないかもしれないな。

 もう少しちゃんと言ってあげないとだね。


「悠真と私と、三浦さん。三人だけで内見したいなって思うんです。どんなに騒いでも大丈夫な場所だと嬉しいんです。三人で内見をして、悠真が喜ぶ声が声が聞きたいなーって思うんですよね。今の状態だと、すごく大きい声で喜ぶと思うんです」

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