第16話

 私の目が泳いでいることを、悠真に指摘された。

 そんな状況だったから、わざとらしいかも知れないけど、私はまっすぐ悠真の目を見て話した。


「私だって、あの街に住むのが良いって思っているよ。不動産屋さんも気に入っているよ」


 あからさまに私の態度が変わったからか、悠真は怪しがりながら言ってくる。

 言葉と同時に、悠真は私の身体に触れてくる。


「未羽、何か隠し事していない?」

「変なこと言わないでよ」


 核心を突くような、悠真の一言。

 私は、つい大きい声が出てしまった。


「……もう。いきなり触ってくると、びっくりしちゃうよ。私が何を隠すっていうの」


「いや、少し様子がおかしかったから聞いてみただけだよ」


 私の返答に対して、先程の負い目がフラッシュバックしたのか、悠真は少しだけうろたえているようだった。

 私としても大声を出すことは意図していなかったので、私から謝る。


「……ごめんなさい、ついついて大きい声が出ちゃったみたい」


 私は、攻められるのに弱いみたいだな。

 的確なポイントを突かれると、ついつい声が出ちゃうみたい。


 もっと優しく質問してくれば良いのに。

 ゆっくりじわじわと攻めてくれればいいのに。

 いきなり核心を突くようなこと言ってくるんだもん。


 悠真は私の態度を見ると、なぜたか悪い顔を浮かべてニヤッと笑った。


「僕さ、攻められるのも好きだけど、攻めるのも好きなんだ」


 何にそそられたのか、悠真は本格的に私を攻めてくる気になったようだった。

 私に馬乗りになって、続きを聞いてくる。


「そういえばさ、今日の日中って何していたの?」


 悠真は、再びピンポイントで私のウィークポイントを突いてくる。

 そんなことをされてしまうと、上手く頭が回らない。

 なんて答えたらいいんだろう。


 答えに迷っていると、悠真の攻めは続けられた。


「教えてよ。隠し事は無しでしょ?」


 ねっとりと、私の身体の中を弄り回すような質問。

 けど、私は予め決めていた答えを、自信を持って言うだけで良いんだもん……。


「……実は、物件を見ていたんだ。内見させてもらっていたの」


 その回答に満足していないのか、悠真は自分のターンというばかりに、攻撃の手を緩めないようだった。

 私の答えを聞くと、またピンポイントで突いてくる。

 先ほどよりも、さらに深いポイントに向けて。


「内見か。そうなんだね。……っていうことは、あの不動産屋さんに紹介してもらったの?」


 私、攻められるの得意じゃないのに……。

 こういう時は受け身にしかなれないから、なすがまま。


 中身をくりぬいた鶏に、香辛料を入れ込んでいくみたいに。

 私は、じっくりと悠真に料理されている感覚。

 悠真は私の手を抑えて、身体を重ね合わせてくる。


「カッコよかったよね、あの人。佐々木さんって言ったっけ?」


 なんで、こうも的確に突いてくるの……。

 何度も何度も……。

 私を屈服させようとするような、悠真の攻めが続く。


「……私は、内見していただけだよ」



 私は、攻めには弱いから。

 どうしても、声が小さくなる。


 悠真は、勢いはそのままにして、耳元でささやいてくる。


「……未羽としては、どうだったの? ‌良かったの?」



 ……名前を呼ぶのは卑怯だよ。

 内見した時の感想。

 それを答えるだけで良いんだよ。


 なにも裏なんてない。

 隠し事もしていないもん。


「……良かったけど、一軒だけじゃわからないって思ったよ」

「俺もさ、未羽には、しっかり選んで決めてもらいたいからさ。しばらく住む家になるわけだし」


 悠真は怒っているような、悲しんでいるような。

 我慢をしている時に浮かべる顔をしていた。


「俺が一緒に行けなかったのも悪かったと思うから、これ以上は詮索しないけど」


 そこまで言うと、悠真の動きが遅くなった。

 溜まってしまった鬱憤を晴らせたのだろう。

 悠真の顔は、優しい顔つきに戻っていた。


「お互いに、一緒に暮らす前に、お試しっていうのも必要なのかもね」


 すっきりした悠真に代わって、私の方に鬱憤が来たみたい。

 溜まっていたような怒りにも似た感情が、私の中に流れ込んでくるようであった。


「築年数が浅い建物の方が、良く見えることもあるよね。そういう時は、ちゃんと中身を見て判断しないとだよ?」


 攻められている時の苦手なところ。

 私が言い返せないところ。


 悠真の主張だけが優先される。

 けど、これは、しょうがないことだから……。


「未羽が色々と選ぼうとしても、俺が先に契約しちゃったようなものだけどね」


 悠真は、ご機嫌な顔をしていた。

 犬が散歩中にマーキングするように。

 さも当然というように、マーキングをしてくる。


 それを可愛いと思う気持ちもあるけれども……。



「契約っていうのは、互いの合意のもとで成り立っているものだからね。愛してるよ、未羽」

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