第14話

 ゴミ袋に叩きつけたタッパーは、ゴミ袋の中で蓋が開いて、中身が袋中に散らばった。

 大きな音にうろたえる悠真。


 部屋の中に静寂が訪れる。



 まだ、悠真が浮気しているって決まったわけじゃないから……。

 信じるって決めたじゃない……。


 そうやって、私は自分に言い聞かせる。

 私は平静を装って、いつも通りの口調で話を続ける。


「ごめんごめん。手が滑っちゃった。ちゃんとゴミは仕訳しないとだよね」


 悠真も、私に気を使ってか、普通の区長で会話に応じてくれた。


「そうそう。都会のゴミのルールって厳しいんだよね」


 偽装っていう訳じゃないけど、上辺だけの会話。

 お互いに、腹の探り合い。


 悠真のことを信じたい私と、どうしても許せない私が、せめぎあっている。

 けど、もう抑えきれないかもしれない。


 悠真のことを信じたいと思うものの、問い詰めたい気持ちが徐々に顔を覗かせてきた。


 ……悠真は、明らかに嘘をついているもんね。

 ……私は、本当のことを知りたいな。


「……私も気を付けないとだよね。悠真はきちんとゴミの分別できているもんね」



 抑えきれない黒い私が、ゆっくりと姿を現し始めた。

 つくづく思うのだが、愛情と憎悪は表裏一体。

 黒い私も、悠真のことが狂おしいほど好きなんだよ。


 悠真に身体が触れ合う距離。

 唇が触れ合う距離で悠真に言う。


「私もね、調べてみて納得したんだけれども、使用済みのゴムって燃えるゴミらしいんだよね」


 悠真が一歩後退しようとするが、私は足を絡めて抑止する。

 悠真は私が近くにいる状態のまま、答えてくれる。


「……そ、そうだよ。それはそうだよ。汚れたティッシュと一緒で、使用済みだったらリサイクルなんてできないからさ」



 ……早く本当のことを言って、黒い私を黙らせて欲しいな。

 そうすれば、悠真だって楽になれるのに。


 ……早く言って欲しいな。

 今は我慢するタイミングじゃないんだよ。




 ……早く言えよ。




 ……じゃないと、私が先に言っちゃうよ?

 ……もう我慢できないよ。


 ゆっくりと丁寧に、初めての料理を教える時と同じように悠真に言う。


「ぐつぐつ煮えたぎるはらわたに入れられた卵は、すぐに茹で卵になるんだよ」

「……な、何の話」



 私の異様さを感じたのか、悠真は私から離れようとするが、私は悠真を抱きとめて阻止する。


「それでね、茹で卵を剥くコツはね、まず天辺を剥いてから、一気に冷やすの」

「……そ、そうなんだ」



「その時のコツは、爪を立てないで、優しく剥くんだよ。それと同じように、最初は優しく聞いてあげるからね。私さ、怒らないから本当のことを言って欲しいだけなんだよ」


 ゆっくりと丁寧に言うと、悠真も分かってくれたのか、話始める。


「……わかった。本当のことを言うよ」


 けど、茹で卵の調理はまだ途中なんだよ。

 残念だね、悠真。



「殻が少し剥けたら、一気に冷やすのがコツなんだよ。……ゴミ袋に入っていたコンドームは何かな?」‌


 一呼吸置いて続ける。



「全部バレてんだよ!! ‌正直に言えよ!!」




 ……ふふ。

 大きい声を出すと、隣の家に聞こえちゃうよね。

 怒号だと、壁ドンもされないみたい。

 都会で暮らす際の豆知識が増えたね。


 悠真が返事をくれる。


「わかったから、全部言うから」

「ダメダメ。まだ茹で卵はできていないんだよ? ‌焦らないでね。ここからが大事なポイント。冷えて縮こまったら、卵の下を掴んでね、ギューーーーって握りつぶすの」


「…………!!」



 悠真が、その場に倒れこむ。

 顔を床に付けて、悶絶している。


 うん。

 やっぱり、悠真は可愛いなー。


 ふふふ。



「あっ! ‌もう一つ、コツがあったことに今気付いたかも。私って料理上手って言われたくて、毎日頑張ってたのにな」


 声にならない声で叫んでいる悠真。

 苦痛の顔は、激しくシているときと似てるいるんだね。

 やっぱり、この顔が好きだな。


「強く握りすぎると、卵って割れちゃうみたいだね。今度は、少し加減しないとだね」

「……もう、やめてくれ」


 頑張って声を捻り出す悠真。


「茹で卵は、全部で二つあるから。一つがダメになってもさ、一個あれば大丈夫だよ」


 私は、悠真の頭を優しく撫でてあげる。


「もしも、私以外に食べさせる気だったら、全部ぐちゃぐちゃにしちゃうけれね。もう一つは、もちろん私の分だよね?」


 悠真は、こくこくと頷いてくれた。



 ふふふ。やっぱり私の悠真だ。

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