第13話

 玄関で押し倒されて、激しく私のことを求めてくる悠真。

 そのせいで、一瞬声が漏れ出てしまいそうになる。


 悠真は動きを止めて、私の口に人差し指を当ててくる。


「この家、壁が薄いからさ……」


 声を出すなっていうことだろう。

 声を出したら隣の部屋に聞こえてしまうだろうから。


 悠真は、すぐ近くに落ちていたタオルを私に咥えさせる。

 私をこんな状況にしてまでも求めてくるなんて。

 そんな悠真が浮気なんてするわけないよね。


 悠真が顔を近づけてくる。


「……未羽好きだよ」


 耳元で言ってくる悠真の声。

 この声で、私は全てを忘れられる。


 私の要望通りに、昨日よりも激しくされる。

 お酒を飲んでいた昨日の状態よりも、頭がふらふらとする。

 自分でもわからないけれど、昨日よりも良いと思った。


 頭をよぎる不安が無くなってくるのを感じる。

 ……けど、もう少し。


 少しタオルをずらして、悠真へという。


「……もっとお願い」


 私の要求に対して、いたずらっぽく笑う悠真。

 悪そうな顔をしてるって思うよ。


 けど、私は、そういう顔も好きかもしれない。

 次の瞬間には、私も目を閉じてしまって、何も見えなくなる。


 悠真で心も、身体も満たされていく感覚。

 ここまですれば、信じてみようって思える。

 私が求めた激しさであったけれども、それによって私は頭を真っ白にされていた。



 ◇



 気が付くと、部屋着に着替えた悠真が私の頭を撫でてくれていた。


「ごめん、思ったよりも激しくし過ぎてしまったかもしれない」


 どうやら、私は気を失ってしまっていたらしい。

 こういうことが前にもあったけど。

 激しい情事をすると、こういうことが起こっちゃうんだよね。


「ごめんね、悠真のが気持ち良かったってことだから。許して」


 悠真は、優しそうな顔をして許してくれる。


「全然気にしてないよ。未羽に満足してもらえて、俺も満足だよ」


 他の人では、気を失う事態にまではなったことが無い。

 やっぱり、私の彼は悠真だけだよ。


 悠真に軽くキスをすると、私ははだけていた服を着る。

 そして、キッチンへと向かった。


 キッチンには、私が用意していた夕飯が置いてあるのだ。

 それをもリビングのテーブルへと並べる。


「悠真のリクエストにより順番が前後しましたが、ご飯を先に食べちゃわない? 夕飯作っておいたんだよ」

「そうなの? ありがとう!」


 悠真は二つ返事で、喜んでくれていた。

 全部が私の作った料理で並べられたテーブル。

 栄養だって偏りなくとれるはず。


「悠真は、料理上手いかもしれないけれども、今日は私の料理だけ食べてね!」

「いやいや、俺は料理なんてできないよ。未羽の手料理嬉しいな」


 悠真は少し不思議そうな顔をして、そう言ってくる。


「もう、謙遜上手だなー。できるサラリーマンっていうやつですか? 冷蔵庫の中にすごく綺麗に作り置きされた惣菜が入っていたの知ってるよ」


 私がそう言うと、悠真の顔からは段々と血の気が引いていくようだった。

 先ほどまでの笑顔が引きつる。


 目線は下がり、水の中にいる、泥まみれの魚のように右往左往している。

 なんで、そんな顔になっちゃうんだろう……。


「……ちょっと待っててな、なんだっけかな?」


 悠真は、そう言いながら立ち上がって、冷蔵庫まで歩くと、恐る恐る中を覗きだした。

 こちらからは、悠真の顔は見えない。

 冷蔵庫の冷気だけが足元に流れて来た。


「……これね。……バレちゃったか」


 悠真はゆっくりと冷蔵庫を占めると、こちらを向いて何とも言えない表情をする。



 私は、悠真の言葉を待つ。

 信じようって決めたから……。


「……これは、一ヵ月前に作った惣菜なんだよね。だから、食べない方が良いよ。気が向いて作ってみたものの、口に合わなくってさ」


 ただの言い訳なのかもしれない。

 悠真の嘘をつくときの癖は、鼻の頭をかくこと。


 やるなら、隠し通せって思うんだけれども。

 けど、私は悠真のことを信じるって決めたから……。


「……そうなんだね。……じゃあ、すぐ捨てた方が良いね」


 私は悠真の隣に立つと、冷蔵庫の中身のタッパーを取り出した。


「……これ、まずいらしいし。こんなものを作るような人には、料理はさせられないよね」


 タッパーの中身を、そのまま生ゴミの袋へと捨てる。

 綺麗に彩りまで考えられている料理。


 決して腐ったような匂いはしていない。

 もしかすると、私の鼻が鈍いのかもしれないけどね。

 悠真の言葉を信じないとだもんね。



「私が悠真のご飯作ってあげるから。……これは、捨てようね。悠真もさ、こうなる前にちゃんと捨てるんだよ?」


 私は、二つ目のタッパーを取り出すと、生ゴミの袋に叩きつけるように入れた。

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