第10話

 つるんと、一瞬で剥けるって、なんだか気持ち良いよね。

 このフォルムを見ているだけでも、なんだか愛おしく感じちゃうな。



 私は、上手いやり方を知っているんだよ。

 まずはね、上の部分をいじって、そこだけ剥いていくの。


 その時の注意点は、優しくすること。

 爪を立てすぎると、中身が傷ついてしまうから。

 優しく丁寧に。

 けど、この時ゆっくりしすぎると、ダメだよ?

 中身が殻にくっついてしまって、上手く剥けなくなってしまうから。


 丁寧にしながら、なるべく素早く。

 頂上部分を剥いていくの。


 ふふ。

 これで、どうかな?

 私って意外と、上手いんじゃないかな?


 中身が見えてくるね。

 よしよし。良い感じに剥けてきてる。



 ここからが大事なポイント。

 一番のコツは、冷やすことなんだよね。

 これをしないと、上手く剥けないんだ。


 熱い状態から、一気に冷やすことで、中身だけ縮小するの。

 熱く膨張していたものが、寒さに触れると小さくなる。

 そんな原理って、思い当たるところがあるよね。



 そこまでできたら、これの下の方を持つの。

 殻に入っている部分を持ってね。


 それで、思い切り握り潰す。

 言い方が雑かもしれないけれども、そのくらいの気持ちで強く握るの。

 そうすると、頂上部分から出てくる。


 出てくるのは、すごく白くてね。

 これが、可愛いんだよね。

 頬擦りしたくなるくらい可愛い。


 何も考えずに、すぐ口に入れてしまいたくなるくらい。

 いつか、口いっぱいに頬張ってみたいな。

 これ以上は、もう口に入らないよーってね。


 ふふ。

 私って、欲張りさんかもしれないな。



 今は口に入れないけれども。

 出て来たすぐの状態って、すごく温かいんだろうなーって。

 舌触りはどうなのかな?どんな味がするんだろうなって。


 ふふふ。


 そんなことを、いっぱい、いっぱいしてね。

 何回も、何回も。


 やっぱり、気持ち良いよ。


 見てるだけでも気持ち良いけれども。

 実際に自分の手でやる方が、何倍も気持ち良く感じる。


 ハマっちゃってるな、私。


 もっと、したい。

 もっと、もっと、もっと。



 ……はっ。

 ……あれ?


 夢中になっていると、堅い殻に覆われた卵は消えていた。

 全部殻が剥けて、柔らかい状態で、ザルの上に溜まっている。


 もう終わりか。

 いっぱい楽しめたけれども。


 ……また、したいな。

 ……気持ち良かったから。



 私は、悠真の家へと来ていた。

 住む家が無い間、ビジネスホテルにでも泊まろうと思っていたけれど。

 今日の体調を考えると、あまり一人で遠出しない方が良いと考えたのだ。


 合鍵で、悠真の家へと入って、夕食の準備をしていた。

 夕食と合わせて、明日の朝ごはんの準備もしている。


 悠真が大好きな、卵サンドを作ろうと、大量の茹で卵を作って、剥いていたところ。


 夢中になりすぎちゃったけど、ちゃんと全部綺麗に剥けてる。

 よしよし。


 私ってば、良い奥さんになれちゃうかもね。

 綺麗な茹で卵を作るのも、意外と難しいんだからね。


 ただ、この場合は、自己満かもしれないけれども。

 この卵は、卵サンド用だから、最終的には潰す運命なの。

 ぐちゃぐちゃに潰して。

 細かくなるように。

 口に入れやすいように。


 少し、名残惜しいけれども、そうしてあげるのが、この子たちのためだからね。

 美味しく食べれるようにしてあげるのが、家事をする私の役目。


 誰のためって言ったら、愛する悠真のためだよね。

 ふふー。



 ……それにしても、悠真は帰りが遅いなー。

 急な仕事の呼び出しだったから、大事な仕事なのかもしれないけれども。

 何か連絡くれても良いってものじゃないかな?


 待っててもしょうがないし、作り終わっておかないとだよね。

 卵サンドの続きを作ってしまうために、マヨネーズを取り出そうとして冷蔵庫を開けた。


 他の材料は買ってきていたけれども、さすがに調味料を買い足すのは邪魔になるかなって。



 悠真の家の冷蔵庫、すごい綺麗だなー。

 何がどこにあるのかすぐわかっちゃう。


 これが、仕事ができる男っていうことなのかもね。

 私が、綺麗に片づけてあげようかとも思ったのに。


 そういうのが、彼女の役割だしさ。

 例えば、作り置きとかしたりさ。


 ……あれ、作り置きがあるんだ?


 そこまで仕事ができるなんて、思ってなかったけれども。

 なんだか、栄養バランスが取れてるような。


 へぇ。やるじゃん。



 冷蔵庫の状態に驚いてしまったけれども、目当てはマヨネーズ。


 あれー?

 肝心のマヨネーズは、無いのか……。


 そこは、おっちょこちょいのままだな。

 肝心なところで、抜けてるんだからね。


 やるなら、完璧にやらないと。

 私は、そういうところ見逃さないんだからね。


 しょうがないから、マヨネーズ買ってこよう。



 家を出る前に、片づけだけ済ませてしまおうとすると、ふとゴミ箱に目がいった。

 ゴミも綺麗に分別されている中で、燃えるごみの中に透明なビニールのようなゴミが見える。

 白いティッシュの中にあるので、目立って見える。


 これは、悠真のおっちょこちょいを発見したかも。

 ゴミの分別まで厳しいこと言いたくないけれども、新しい生活を一緒に始めるなら、こういうところが肝心だったりするよね。



 そう思って、取り出してみると、一人暮らしの男の家には不要なものであるように見えた。



 私も今日使っていたもの。

 正確に言うのであれば、佐々木さんに使ってもらっていたもの。



 中には、ドロッとした液体まで入っていた。

 ほのかに、温かみを感じるような……。

 先ほどまで使っていたかのような……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る