第9話
『気持ち悪い』に対して、反対の言葉は『気持ち良い』。
小学生ってわかる、逆さ言葉。
私は、さっきまでとは逆の気分なっていた。
もちろん、そうした気分にさせてくれているのは、佐々木さん。
私は、ベッドの上で気持ち良い方向へと向かっていた。
佐々木さんは、私のことを心配して、介抱してくれているだけ。
二日酔いを治すのと一緒のこと。
前日に飲みすぎたら、迎え酒をする。
それが、酒飲みのすること。
酒飲みの常識だよ。
そうだとしたら、小学生でもわかる問題が再び頭をよぎる。
激しい情事をした次の日の体調の悪さををして治すにはどうすればよいか。
簡単なことだよね。
次の日も激しい情事をすること。
それでしか、身体の疼が収まらないから。
それを、ただ彼氏じゃない人にお願いしているだけ。
それって、普通のことだよ。
生きるためには、普通のこと。
「あの、お名前を伺っていなかったですが、教えてもらっても良いですか?」
「はい。未羽って言います」
「未羽さん。良い名前ですね」
耳元で囁くように言ってくる佐々木さん。
名前を呼ばれると、キュンキュンする。
もしかしたら、佐々木さんはこういうことに慣れているのか、介抱がとても上手い。
佐々木さんは、優しいからモテモテなのかもしれないな。
私の気持ちが良くなるまで、佐々木さんに優しく介抱してもらった。
◇
ここに着いたのは、お昼時だったのに、気づくと夕焼けが見え始めていた。
佐々木さんの熱心な介抱のおかげで、私はすっかり気分が良くなっていた。
気分がすぐれたのであれば、名目上、ここにいるのはおかしいことになる。
なので、そろそろ帰り支度をしなければならない。
悠真だって、いつ仕事が終わるかわからないから。
そう思ってマホを見ても、悠真から連絡はなかった。
仕事が忙しいのかもしれない。
いつもだったら、怒っているところだけれども、今日は逆に安心した。
今のうちに帰り支度をしてしまおう。
裸でうろつくのは、マナー違反な気がするので、一旦下着をつけなおした。
「ここって、シャワーを使っても大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
佐々木さんの一言目は、優しく微笑んで言ってくる。
そして、二言目は意味ありげな口調で聞いてきた。
「一人で、大丈夫でしょうか?」
その言葉の意味が、私にはすぐにわかった。
どこまでも、優しいんだから……。
佐々木さんの甘いマスクの下には、どうしようもないほどの獣を飼ってる。
それは、お互い様かもしれないけど。
私も、にやける顔をどうにか抑えつつ、答える。
「もしかすると、また気分を悪くするかもしれないので、着いてきてくれると助かります」
「そうですね。お客様は大切に扱わないといけませんし。お風呂場の内装の紹介もしたいので、私も着いて行きましょう」
二人でいる時でも、佐々木さんも建前を守ってくれている。
ただ、私を心配してくれているだけ。
そして、この物件を案内してくれているだけ。
それ以上でも、それ以下でもないから。
気持ちが悪い状態の私を、治してくれているだけ。
私を治す方法が、これしかないっていうだけ。
これが、佐々木さん流の、住宅の内見方法というだけ。
◇
シャワーを浴び終わって、気分もすっきりした。
風呂場から出てくると、外はすっかり暗くなっていた。
さすがに、長居しすぎたかもと思い、すぐに身支度を始めた。
「……あの、すいません。こんなに長く付き合ってもらってしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。住宅の内見っていうのは時間がかかりますからね」
そう言いながら、ウィンクをしてくる。
それで話を合わせろっていうことなのだろう。
私も、話の調子を合わせる。
「おかげで、隅々までよくわかりました。ありがとうございます」
私も体裁を守って、お辞儀をする。
すると、佐々木さんも優しく続けてくる。
「いつでも言ってくだされば、また案内しますよ」
そんな優しい言葉をもらえるんだったら、また会いたくなっちゃうな……。
都会の不動産屋さんは、至れり尽くせり。
また、近いうちに案内してもらおう。
春休みのうちに、物件決めないといけないしね。
その時はまた、悠真が仕事に行っている平日にするしかないんだよね。
悠真は仕事が忙しいし、私が頑張るしかないもん。
これから、長く住む家を決めるって、すぐには決められないから。
何回だって住宅の内見をする必要があるよね。
私は、不動産屋さんの店員さんと、二人で内見してただけ……。
それだけのことだよ……。
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