第7話

 佐々木さんと、少し距離を開けて歩く。

 少し前を歩く佐々木さんのスーツ姿は、やっぱりできる社会人って感じがする。


 佐々木さんはこちらを気にしてくれて、歩調を緩めてくれている。

 気遣いができる、優しい人なんだな……。


 なんだか、悠真と付き合い始めた時に感じたようなドキドキを感じる。

 佐々木さんとは、付き合ってなんかいないのに。

 むしろ、今の私には悠真がいるから……。


 ふいに、佐々木さんがこちらへ振り返る。

 佐々木さんの優しい顔が、私の胸をギュッと締め付けてくる。


「荷物、重そうですよね。僕が代わりに運びましょうか?」

「……え、あ、はい」


 ……やばい。反応が遅れていると、見とれてしまっていたのがバレバレだよね。

 ……全然話聞かないで、反射的に返事しちゃったけれども、佐々木さんなんて言ってた?


 佐々木さんは進行方向を変えて、少し後ろにいた私に近づいてくる。


 ……うぅ。

 私は、恥ずかしくなって、目をつぶってしまった。


 佐々木さんは、キャリーバックを持っていた私の手に、自身の手を重ね合わせて来た。

 大きくて包容力のある手。


 私の手を暖かく包み込んでくれた。



「……あの、えっと、佐々木さん。……えっと」

「……大丈夫ですよ。少しくらい」


 私は、心臓が飛び出そうなくらい、緊張を抑えられないでいた。

 顔をあげると、佐々木さんの顔がすぐそばまで来ていた。


 目が合うと、佐々木さんは優しく微笑んだ。


「なんでも、僕を頼ってくださって大丈夫ですよ」


 私は、だらしなくとろけてしまいそうな顔をどうすることもできなかった。

 力の抜けきった顔で、佐々木さんを見つめていた。


 佐々木さんの笑顔を見るだけで、何か私の生気が吸われてしまっているような気さえする。


 私は顔どころか、全身からも力が抜けてしまい、膝から崩れそうになった。

 すると、すぐさま佐々木さんは、私の手を引いて抱きとめてくれた。


「大丈夫ですか? もしかして、体調がすぐれないのですか?」

「……え、はい」


 私は、何を答えているんだろう。

 もしかすると、単純に昨日のお酒が抜けていないだけかもしれない。

 こんなにドキドキするし、身体に力が入らないし、耳が遠い……。


 佐々木さんを見ているせいじゃないよ……。

 触れているせいでもない……。


 私には、悠真がいるもの……。



「……少し座って休憩でもすれば、大丈夫だと思います」

「そうですか、分かりました」


 佐々木さんは、そう言うと私の足元の方へと手を伸ばして、そのまま抱きかかえた。

 ……お姫様だっこ。


「僕の首に手を回せますか?」

「……あ、はい」


 私は、佐々木さんに言われるまま、佐々木さんへと抱きつく。

 ……顔が近すぎて、やっぱりドキドキが止まらないよ。


 スーツの上からではわからないくらい、がっしりした身体をしているのだろう。

 私を抱きかかえても、体幹が全くブレなかった。


 悠真にもしてもらったことがないような、お姫様抱っこ。

 佐々木さんの方が、悠真よりも身長が高いから、できるのかもしれないけれども。

 すごく、頼りになるって感じちゃう。


 佐々木さんはキャリーバックに腕だけ通して、私とキャリーバックのどちらも持って歩き始めた。

 すごい力持ち……。


 私は、申し訳なく思って佐々木さんへと聞く。


「……あの、私重くないですか?」



 そんな私の問いかけにも、佐々木さんは優しく笑って答えてくれる。


「全然重くないですよ。一生持っていられるくらいです」


 ……一生。

 ……やっぱり私ドキドキしているみたいだよ。


 ……なんで私がドキドキしているのかって言ったら、二日酔いのせいだから。

 ……昨日の疲れが取れないだけだから。

 ……ずっと重いキャリーバックを持ち歩いていたから。


 私は、自分にできる言い訳を頭の中に並べて、佐々木さんの優しさを堪能していた。


 ……これは、事故と一緒だよね。倒れてしまいそうになったところを、助けてもらっただけ。

 ……助けてくれたのが、不動産屋さんだったというだけ。ただそれだけ。



「この辺りだとお昼時は混んでしまっているので、僕のオススメの場所に行かせてもらってもいいですか?」

「……オススメっていうと?」


 佐々木さんは、いたずらっぽく笑って言葉を返してくる


「良い空き物件があるんですよ。家具も全部ついているタイプの家なんですけど。そこなら、椅子だってベッドだってありますし。少し休めると思いますよ」

「……えっと、ベッド」


 私のことを気遣って言ってくれているのはわかっているけれども、その単語を聞くと昨日の激しく求めて来た悠真を思い出してしまう……。


 ……もし、佐々木さんが求めてきたりしたらと思うと。


「あれ、とても顔が赤いですよ? 急ぎますんで、待っててくださいね!」

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