第6話
ビュッフェ形式の朝食を無事にお皿に取り終わると、席に着いた。
結局私は、三周くらいして取ってきたけれども、欲しい料理を綺麗に盛り付けることはできなかった。
彼は私の分の飲み物やら、フォーク、スプーンなどを持ってきてくれていた。
それでも、私よりも先に席について、余裕の表情をしていた。
なんだか、出来過ぎだね。
「もしかしてさ、一回だけじゃなくて、何回も来てるの?」
「ははは。冗談は止めてよ。こんな値段が高いところに来れるわけ無いって」
私は、ムッとした表情を浮かべたけれども、彼は表情を崩さないで笑っていた。
結局、ネタばらしはしてくれなかった。
「今度、私にビュッフェのコツ教えてよ。私も都会の人みたいに上品になりたいよ」
「それは、もう少しこっちに住んでみてからかな?」
余裕たっぷり。
一年でこんなに成長するんだなー……。
その時、聞きなれない音楽が聞こえてきた。
スマホの着信音かな?
彼は、スマホを取り出して、眉をしかめて画面を眺めていた。
「あぁ……。うそだろ……。ごめん、この後ちょっと急な仕事が入ったみたい……」
「えぇーー。うそぉーー……」
彼は申し訳なさそうに謝ると、すぐにこの場を後にしていってしまった。
特に荷物も持ってきてなかったから、一度家に帰るのかな……。
はぁ……。
残念だけど、しょうがないか。
これから、ずっと一緒にいるわけだからね。
許してあげよう。
◇
一人でゆっくり朝食を堪能してから、チェックアウトする。
今日も二人で物件を調査しようと計画していたのにな。
しょうがないから、一人で進めておこう。
彼がやっていたように、私も予習をしておいて、彼をびっくりさせちゃおうかな。
ふふ。
チェックアウト後、キャリーバックをガラガラと鳴らしながら、昨日訪れた街へと戻ってきた。
この街が第一候補だからね。
ここで、決めても良い気がするんだけれども、周りのお店の情報とかをもう少し見極めてからの方が良いかもしれないし。
しばらく住む街だから、利便性の他に日常の楽しみなんて言うのもあったらいいよね。
オシャレな喫茶店でもあれば、この街に住むって決めちゃっても良いかもなー。
そんなことを思いながら、ひとりで街を歩く。
今日は、不動産屋さんとは逆の方向へ行ってみることにした。
駅から続く商店街を散策する。
そこは、都会というよりも少し下町感が漂っていた。
この街には、こういう通りもあるんだね。
裏の顔って感じがして、こういう所もなかなか良いね。
都会のキラキラした高層ビルに隠れた親しみやすさ。
私は好きだな。
これで、オシャレな喫茶店があったら、満足だなぁ。
そう思って目を凝らして歩いていると、目の前に見たことある顔の人が歩いてきた。
下町の日常的な風景が、一気にキラキラした景色へと変わる。
……不動産屋さんの店員さん。佐々木さんだ。
いきなり心臓が起きたかのように、鼓動が高鳴るのが分かった。
佐々木さんに見とれてしまって、一歩も動けなくなってしまった。
私が立ち止まって見つめていたのが目立ってしまったのか、彼はこちらに気づいたようだった。
「あ、昨日の」
「こ、こ、こんにちは」
うぅ……。緊張する……。
こんなところで会うとは思ってなかったから、余計に緊張する。
「今日はお一人ですか?」
「あ、は、はい。彼が急にお仕事は言ってしまったらしくて」
佐々木さんは、優しく微笑みながら頷いてくれた。
「そういう時もありますよね。お一人で物件探しですか?」
「は、はい。えぇと、物件というよりも、この街の散策をしたいなって思いまして。これから住むかもしれない街なので……」
私の言葉を聞くと、佐々木さんの顔は嬉しそうに変わった。
「そうだとしたら、僕が案内しましょうか? この街のこと、結構詳しいですよ」
……この人は、なんでこんなにカッコいいんだろう。
……ときめいてしまっている自分を否定できない。
ちょっと案内してもらっても良いかもしれないけれども。
彼がいない間に、佐々木さんと二人きりだなんて。
なんだか、いけない気もするし。
私が、答えに迷っていると、佐々木さんは私の手を取った。
「大丈夫ですよ。僕に任せてくれたら、良い思いができますよ。後悔させませんから」
……この街を案内してもらうだけだし。
……別に悪いことしているわけじゃないし。
……彼が忙しいなら、私が予習しておくのもありだよね。
そうだ。ホテルの件の仕返しをしてやろう。
私が、この街に詳しくなって、彼を驚かせてやるんだ。
私は、佐々木さんに返事をした。
「よろしくお願いします! この街の隅々まで案内してください!」
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