第2話「深田みどり」

「目が合ってしまった…」

彼女の名前は市川詩織、私の同期だ。


休日、私は社内で唯一信頼している古澤先輩と大事な話をするために会社に来たが、そこに何故か珈琲を持った同期の市川が部屋に入って来た。


私は何を思ったのか咄嗟に社内の隅にあるロッカーに隠れた。

とにかく市川と接触することは避けたかった。


私は結っていた長い髪をバサバサとおろして、自分を霊に見立てた。

霊のような不気味な存在に気づけば、気分を悪くして帰るだろうという今思えばかなり安易な作戦だった。


そして、案の定今ピタリと目が合ってしまっている。


しかしなぜだろう…全く帰る気配がない。


「ギャァぁぁぁあぁぁだぁぁぁぁ!!!」


人間とは思えない声量で突然絶叫された。

それでも椅子からは動かない。


え、なぜ。

もう帰ってくれないだろうか…。

霊はこんな時、姿を消したり目の前に現れて襲ったりできるだろうが私はなんの特殊能力もない人間、そんなこと不可能だ。


私は睨みつけるしかなかった。

ここまで来たら流石に引き下がれない。

市川はかなり怯えているように見えたが、慌てて何かを探している…


ふ、ふりかけ?


彼女が手にしているのは茶色のふりかけの袋…

え、、まじで何をしようとしてるんだこの子。


もうあともう一歩近づかれたらバレてしまうかも知れないという位置で、彼女は持っていたふりかけを振り撒いた。


やばい……ちょっと笑いそう。

霊に扮した自分と本気で霊がいると信じている同期のカオス空間で撒かれる謎のふりかけ。


本当に意味が分からない。


先輩が来る前に市川には早く帰ってもらいたいところだが…。

慌ててまたデスクに戻る彼女はどこかいつもと様子が違う。




あ、あれ…?


あのデスクって…


点と点が繋がった気がして、私は身震いした。


彼女の座っているデスクは、私が社内で唯一信頼している古澤先輩のデスク。

古澤先輩は手がけたキッチン用品を多数ヒットさせている会社のエースだ。

後輩を育てるのが上手で、上司からの信頼も厚い。


もしかしたら市川は社内コンペに勝つために古澤先輩の作品データを盗もうとしているのかもしれない…

休日の誰もいないこの時間を狙って会社に来たのはこのためだろう。


これ、どうしよう。


「何してるの?」と急にロッカーから私が登場して止める方法と、このまま彼女がやり遂げるのを待ってこのネタを元に退職に追い込む方法がある。

先輩もそろそろくるだろうし…。


でも待って…今何時。

私はロッカーからちらりと目だけ動かして時間を確認する。

午後3時。

約束の時間はとっくに過ぎている。

予定時間に遅刻したことのない先輩が珍しい。何かあったのだろうか、携帯を確認したい。


ただ、市川もなんとかしなければならない。


彼女に視線を戻すと、携帯を取り出して私の姿を撮っていた。


あぁ、本当にしんどい。


うわぁ…と声を漏らして市川が再びこっちを見た時だった。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」



また叫んでいた。


え、何?

私は何もしていない。

ロッカーから彼女をのぞいているだけ。


何も状況は変わっていないはずなのだが。

絶叫するほど何が変わったのだ?



「古澤先輩…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

市川は狂ったように謝罪を続けていた。


「許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して」


古澤先輩が来たのか、そう思って私はロッカーから少しだけ身を乗り出して確認してみた。


先輩の姿は見えなかった。


え、どこ見て言ってるの?

先輩は、いないよ??

ねぇ。

どういうこと。



私は怖くて仕方がなかった。

目の前で見えないものに謝り続ける彼女の姿を…引いた目で見ていた。

足が震えてもう、ロッカーから出れる状況ではない。

何が起きてるのよ。


「お、終わったわ」

市川はデスクから立ち上がって、ピンク色のUSBを取り出して物凄いスピードで走り去っていった。

さっきの恐怖の謝罪連呼から打って変わって若干ニヤついているように見えたのは、気のせいだろうか…


先輩は?


え、今のはなんだったの。


やっぱりデータを盗んだの?



市川が消え、シーンと静まり返った社内。

私はようやくロッカーから出ることができた。

なんだか、ものすごく胸騒ぎがする。


でも、どうしても確認したかった。

古澤先輩のデスクを。


心臓の鼓動が早くなってきた。


うすらと光るPC。

椅子を動かすと私はデスクの下のモノと『目が合った』







古澤先輩の遺体だった。



ロープで拘束され、身体と顔が滅多刺しにされている。





光のない目が私と合った。





「あ"ああ"あ"ああ"ああ"'!!!!!!」







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