目が合っちゃった

海音

第1話「市川詩織」


「目が…合っちゃった」


間違いなくそれは幽霊だった。

PCから目を離した瞬間、市川詩織の目はしっかりとその霊を捉えた。


社内の隅にあるロッカーの扉が不自然にうっすらと開いていて、そこからひょっこりと、白く長いワンピースを着た長い黒髪の女性の霊ががこちらを覗いている。


ドラマや映画で見る「いかにも...」な霊だった。

顔は大量の長い髪に覆われて見えない。


え、え…。

パニックで頭が真っ白になってしまった。

社内では休日のため、私一人なはず。


とりあえずゆっくり目を閉じて、静かに深呼吸をしてみた。

さっき淹れたばっかりの珈琲の香りが鼻を抜ける。


そう、きっとこれは疲れから見えた幻覚。

コンペでは勢いのある優秀な同期、深田に負けないために休日出勤、長時間の残業を繰り返してアイデアを絞る日々を送っていた。

私は心身ともに限界寸前だった。

そうそう、幻覚よ。


自分にたくさん言い聞かせ、ゆっくりと視界を元に戻していく。

蛍光灯の光に慣れ、私はもう一度ロッカーに目をやった。


いや、いる。

間違いなくいる。


女性の霊はさっきと全く同じ状況で、半開きのロッカーの扉からひょっこり顔を出して私を睨みつけている。


今は土曜の昼の2時。

平日のみ働く社会人が『明日の仕事のこと』を考えなくてもいい幸せフィーバータイム。

何故この時間なんだ、幽霊よ。

私は頭を抱えた。


何度確認しても状況は変わらない。

映画やテレビ番組なら相手が目線を逸らした隙を見て消えたり、背後に移動して驚かせたり、目の前に現れたりするはずなのだがこの霊にはその気配が全くない。

微動だにしない…


PCはコンペの作品のデータを保存しようとしているが、重すぎて時間がかかっている。

今すぐここから逃げ出したいのに…


ど、どうすればいいんだ??


私は必死に心霊あるあるを思い出す。


1.信じられないくらい叫ぶ

霊がバーンっと登場して主人公がアップでカメラに抜かれて大絶叫→Finの王道パターン。


「ギャァぁぁぁあぁぁだぁぁぁぁ!!!」

私は椅子に座ったまま、睨みつける霊から目を逸らさずに大絶叫してみた。


しかし、なにも変わらない。


2.塩を撒く

霊へ塩を撒く作戦だ。

塩を撒いたり盛ったりして、霊をはらうのは何かのテレビで見た記憶があった。


私は急いでデスクの引き出しから塩を探す。

やはり、そう都合よく塩なんて入ってるわけ…ってあれ。

私はお菓子の箱から小袋を見つける。


ふ、ふりかけ(すき焼き味)………。


待て、こんなところで妥協していいのか?

相手は霊だが…


ええい、どうにでもなれ!!!

私は勢いよくふりかけの封を開ける。

もう後には戻れない。


ただし、塩(ふりかけすき焼き味)を撒くには距離がある。

霊から約10メートルの地点に私はいて、撒くためにはかなり近づかなければならない。


私は履いていたハイヒールを脱ぎ捨て、恐る恐る霊に近づいていく。

手も足もガクガクに震え上がり、心臓は今にも飛び出そうなくらいバクバクしている。


あと、5メートル。

霊の表情がよく見えてくる。

顔を長くて黒い髪で隠しているが、その隙間から見える鋭い眼光は間違いなく私を睨みつけている。

恨み嫉み何もかも背負っているような目だった。


4.3.2....1メートル…

私はついに塩(ふりかけすき焼き味)を撒ける地点まできた。

私は片目をうすら開け、霊とは目があわないように少し下を向いていた。

もう怖くて怖くて、逃げ出したくてたまらない。


いけ、いくんだ。


「ええええええええい!!!!!」


私は会心の一撃を与える主人公のように、必死に塩(ふりかけすき焼き味)を撒く。

茶色い粉末と刻み海苔が美しく宙を舞う。


社内は一気にすき焼き臭を放つ。

私は恐怖で目を開けられなくなって、


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ」

全力で叫びながら霊に背を向け、元のデスクへと走った。


はぁ、はぁ…。


もう全ての体力は使い果たした。

落ち着くために椅子に座り、ゆっくりと前を向く。


霊は微動だにせず、じーーーっと私を睨みつけたままだった。

塩(ふりかけすき焼き味)作戦は無惨に散った。


なんなのよもう…。

この霊を見てしまってから早1時間経った。

消えることも襲いかかってくることもないこの霊は、ただただ私を睨みつけるだけだ…。

何か手掛かりは。


「あっ。」


私はデスクの上にある自分のスマートフォンが目についた。


3.写真を撮る

テレビ番組でカメラを霊に向けるシーンを見かけていた私は、自分のスマホを使って霊のいる方向へシャッターを切った。

 「カシャっっっ」


「うわ…」


私のスマホの画面はしっかりとその霊を映し、周りには無数のオーブが飛んでいるのが分かった。

心霊写真を撮ってしまった。


PCの作品データはまだ保存中だった。


仕方ない、この霊とはまだ一緒にいなければならないのか…


って。


?!!!!!

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