霧の都のヘブンズテイカー 〜残され人と天国への案内人〜

武城 統悟

プロローグ 残され人

 あなたはもう死んでいます――。


 こんなことを言われて喜ぶ人はまずいない。

 からかわれていると思って怒り出す者もいれば、つまらないことだと無視する者もいるだろう。ほとんどの者はバカバカしいと取り合うことすらしないのではないだろうか。

 それが真っ当な人間の反応というものだ。


 キョウジもそう思っている。


 すべての物事に始まりと終わりがあるように、この世に生を受けた以上、死は避けようのない未来である。これは揺るぎようのない自然の摂理だ。

 しかし、絶対という言葉が文字通りの効力を発揮できないことがあるように、死もまた絶対ではないのである。


 そう――。

〝彼ら〟は存在する。


 いつもと変わらぬ顔で街の中を歩き、食事をし、親しい友人と笑い合う。変わらない日常のなかで、ごく平凡な暮らしを続けている。その姿は一般の人々と何ら変わりはない。

 ただ一点――彼らの心臓がすでに活動を停止している、という事実を除いては。

 彼らの心臓はもはや一滴の血液も供給していない。

 生物学的に――などと仰々しいことを言わずとも間違いなく死んでいる。


 死んでいるのだが――。

 それにもかかわらず、彼らは生きているのだ。

 《残され人レムナント》――彼らはそう呼ばれている。


 到底信じられる話ではない。

 盲信的に魔女狩りが行われていたという中世ならともかく、産業、交通の分野が飛躍的に進歩したこの十九世紀末に話されること自体ナンセンスだ。


 しかし――。

 常識は事実の前にはあまりに無力だ。

 彼らは実際そこに存在しているのだから。


 気になることは多い。

 本人たちは死んでいることに気付いているのだろうか。

 心臓が止まっているのにそこに在り続けているのはなぜなのか。

 個人的な特性によるものなのか。

 何らかの条件によるものなのか。

 そもそも《残され人レムナント》という者を生きていると判断してよいものなのか。


 そのほとんどは謎のままだ。

 ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。

 それは《残され人レムナント》に本来迎えてしかるべき安らかな眠りを与えてやらなければならないということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る