団地の章2:築56年の団地を内見

 営業所に事故物件の話を聞きに行ってD団地の物件をキャンセルした私たちは、その場で他にいい物件がないか探してもらうことにした。


 なるべく駅近で、とお願いすると、駅近の物件は少ないようだったが、D団地と同じく妻の実家のあるT市にある、最寄り駅から20分くらいのG団地という団地を紹介される。

 しかしG団地はなんと築56年! できれば角部屋希望と伝えると三つの物件を出してもらったが、いずれも古いタイプの間取りで、2LDKだと畳の部屋が二部屋ある感じだった。

 妻は明らかに乗り気でない顔をしていたが、三つのうち二部屋はすぐに内見出来るという事だったので、とりあえず見に行くことに。


 そうして、団地の内見とタイトルにあるにも関わらず、ここでやっと団地の内見が始まった。


 団地への内見は、仲介業者を介した内見のように仲介業者が同席するわけでなく、鍵をもらって各自で見に行く方式らしい。営業所は物件の最寄り駅にあり、物件のある場所へは駅から徒歩20分くらいだったが、現地にはタクシーを用意してもらって行くことになった。

 後からわかったことだが、ここでタクシーを断り、自分で現地まで歩いていって内見するというのも一つの手のようだ。実際に歩くことで最寄り駅からの距離感がわかりやすいからだ。

 それだけではなく、タクシーで行くと運転手さんを待たせなければならないため内見は五分程度で雰囲気を見る感じにしてくださいと言われてしまったが、自分で見に行くと内見に30分ほど時間をとれるルールだそうなので、この方が物件をじっくりと見定めできるようだ。


 タクシーを停めてもらい、いざ内見開始……といったところだが、まず築56年というだけあって、外見がやはり古い。壁面の塗り直しも一度もしていないのではないか、といった印象を受けた。

 G団地の角部屋の一つ目の物件があるのは四階だったため、暗くて狭い感じの階段を上る。一応階段にはライトらしきものがあったため、夜は電気がつくのだろうが、昼間は暗くやや物騒な印象を受ける。妻はこんな古いところで大丈夫?といった心配そうな顔をしていた。


 まず一つ目の部屋を見ると、外見から想像していたよりかは、中身は思ったよりも綺麗だった。畳も鮮やかな緑色でふすまも真っ白でシミなどなく、綺麗な色をしていた。そしてキッチン付近は木目調のフローリングになっている。外見とは違い、56年間手を入れていないといったわけではなく、一度はリフォームされている印象を受けた。

 とはいえやはり、ところどころ間取りが古い。テレビ線が床に近い壁ではなく天井近くにつけられていたり、洗濯機置き場がなぜか風呂から遠いキッチンにあったり。洗面所などは扉などで区切られることなく、暗い廊下の真ん中にでんと置かれている。

 そしてその洗面所は、鏡と蛇口くらいしかない。これでは化粧品等を収納するスペースは自分で用意せねばならない。また靴箱もなく、こちらも自分で買わねばならないようだ。トイレも非常に狭いだけでなく、温水洗浄便座なんてものは付いていなかった。

 そして風呂好きの私からすれば、風呂が一番の不満点だった。何しろ狭い。汚いとまでは言わないが、どこか古臭い感じがするし……ガス給湯器らしきものはあったが、おそらく自動お湯張り機能や追い焚き機能はついていない感じがした。


 襖や畳の存在に関しては許容範囲の私だったが、わりと築浅の物件に住んできた身としては、ところどころ古さを感じる部分があったため、住むにはどうだろう、と思わず考えてしまう。まあ破格の家賃三、四万円で住めるような物件なので、ありがたくはあるのだが。老後に年金暮らしする時なんかはもしかしたら、重宝するのかもしれないな。


 二件目の物件は一件目よりは全体的に比較的新しいように見えて、風呂も少しは新しそうだし、許容範囲の広さではあった。一件目の物件が初期にできたもので特に古いとは聞いていたので、二件目くらいならば住むことも検討できるかもしれない。ただ、洗面所などその他の設備、間取りやデザインなどは、一件目とほぼ変わりなかった。

 妻の意見としては私と同じく「二件目の物件ならまあ住めなくはない……」という結論で、「中は意外と綺麗だけど、やっぱりちょっと古いなぁ……。でも本当にどこも決まらなかったら、家賃は安いしとりあえずここに住む……?」といった感じで、乗り気ではないが住むところが見つからなければあり、といった印象のようだ。


 そんなこんなで内見を済ませ、先ほどの営業所に帰ったところで、ふと一つのポスターが目に留まる。それはとあるシンプルなデザインがおしゃれな某人気ブランドと団地がコラボした、リノベーション物件についてのポスターだった。

 どうやらそのブランドが、団地のリノベーションを手掛けているとのこと。その話を聞いてみると、G団地にも今ちょうどリノベーション工事中の、一つだけ空きのあるそのリノベーション物件があるとのこと。工事中のため内見できるのは3月14日まで待たねばならないが、その場ですぐに取り置きしてもらうことはできるそうだ。


 ただその部屋は、一つ目に見た物件のあった特に古い建物の区画にあり、そのうえ角部屋ではないとのこと。

 両隣が接しているというのは騒音を経験した身としては不安があり、鉄筋コンクリートのようだがこのG団地は騒音被害なんかはどうか、と聞いてみると、横の部屋の騒音はほとんどないそうだ。しかし、上下の騒音を訴える人がいるとのこと。配管が下の階まで繋がっているため、水を深夜に流したりすることはどうやら控えた方が良いそうだ。

 今までは上下の騒音には悩んだことがないことを考えると、そこの配管の騒音なんかのところは、やはり建物が古いせいではないだろうか?と私は思わず懸念を抱いた。


 しかし某ブランドのリノベーション物件というのは、角部屋でないと聞いても私たち二人には相当に魅力に映った。実際そのブランドのベッドとデスク、デスクチェアを既に持っているくらいは、そのブランドが好きだったのだ。そのブランドの物件に住み他の家具も揃えれば、おしゃれで統一感のある部屋ができるだろうか、となんだか夢が広がる。

 妻も、外観は古くても中がこれからリノベーション工事がされて新品同然になるのなら、家賃も(G団地の他の部屋よりは高いが)五万円台と安く住めるしお得なんじゃない?と乗り気になってくれたこともあって、とりあえずその部屋を取り置きしてもらうことにした。


 とりあえず最低でもその物件に決めることができて、住む家がなくなることはなさそうだ、とほっとした私たちだったが、とはいえリノベーションした部屋を実際に見なければわからない部分がまだまだ多かった。


 そのため翌日某ブランドのモデルルームに団地とのコラボのブースがあるそうなので、足を運んでみた。ううむ、やはりモデルルームというだけあっておしゃれに展示されている。リノベ物件といってもどこまでやってくれるのか、と半信半疑だった妻の目が、一転してこの日は輝いていた。

 家具を揃えればこんな部屋に住めるのか、と期待感がありつつも、ここまで揃えるのに果たしていくらかかるのか、素人が一からここまでコーディネートするのは大変じゃないか、といった不安はあった。例えばキッチンなんかは、机と蛇口、コンロのみのとにかくシンプルなデザインゆえに、引き出しも収納も何もないそうなのだ。シンプルなのは確かに見た目は良いのだが、とにかく物が多いうちの家、果たしてうまい具合に収納し、不便なく生活していけるのか?


 そもそも古い団地の場合、エアコン、網戸、ガスコンロ、お湯はり・追い炊き機能のあるガス給湯器、温水洗浄便座、モニターホンなど、最近の物件では普通に付属しているはずのものがないのが当たり前のようで、G団地も(リノベーションするとどうなるかはわからないのだが)内見した感じでは、そのような物件だった。エアコン穴やコンセントすらない場合は自分で費用を払って工事する必要もあるのだそうだ。


 そんなわけで、とにかくいろいろ基本的な装備が揃っているものの少ない築古の団地物件。リノベーションといってもどこまでしてくれるのかは未知数で(風呂やトイレなどは某ブランドのリノベの対象でないとの話も聞いていたし)、実際に見なければ雰囲気も不便がないか等も、何もわからない。

 しかし見られるのは二週間以上先になってしまい、実際に見て今ひとつだった時のために、それまでは念のため別の物件も探しておかなければならない……。


 一応引っ越し先の候補ができたことはありがたいのだが、未だに実際に住める家が決まっていない、落ち着きのない日々が続いていた。


 そんな中で、ひょんなことから、もう一つ、別の団地と巡り合うことになるのである。


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