第3話 安堵

「ジリリリリリリリリリ」


アラームのけたたましい音が部屋中に鳴り響く。俺はアラームを止めようと手をのばし、反対の手で目をこすった。朦朧とした意識がはっきりしてくると思い出す、千沙ちゃんを祝いに行った日の出来事を。あの日から5日たった。その間俺は誰とも連絡を取らず部屋に引きこもっていた。だが今日からはそうはいかない。今日から夏休みが明け、登校しなければならないのだ。


「おはよう、今日から学校よね?早く支度したくすましちゃいなさい。」


「おう、わかってる」


「っていうか明日翔、あなたここ最近元気ないけど学校行けるの?」


「…行くよ、」


 リビングに行くと母と会った。母は最近元気がない俺を心配してくれている。俺には心配される資格なんてないのに。テーブルの上を見ると朝食が並べられていた。


「いただきます」


 そう言ってから目玉焼きご飯をかきこむ。だが今の行動1つ1つをするごとに学校が近づいていると考えると食べる箸が止まってしまう。それでもようやく食べ終わると次は洗面台に行く。髪を整えようと鏡を見るとそこにはクマが深く、やつれた男が映っていた。このまま行くわけにもいかないので髪を整え、顔を洗い、制服を着る。これで多少隠すことができたと思う。


「いってきます」


「はーい、いってらっしゃい、気を付けてね」


 家を出ると日差しが強く、真緑の木が風に揺れていた。ここまで俺の心と正反対の景色というのも珍しい。景色に嫌味を言いながらも僕は歩くがその足取りはとてつもなく重い。おそらくみんな「夏休みよ、明けないでくれ」と願っていると思うが俺より強く思っている人間などいるのだろうか。そんなことを考えていると前方に人が見えた。誰かと思い、足を速めてその人を抜かす。軽く振り返りその顔を見ると、


「なゆ、だよな?」


「…うん、久しぶりあーくん。」


 なゆだった。明らかにやつれていて今にも倒れそうなほど弱弱しく感じる。


「元気か?」


「元気だと思う?」


「………」


 今俺は最近の俺を心配してくれる母親の気持ちが初めて分かった。


「大丈夫だ、ちゃんと2人で、唯人に、誠心誠意謝ればきっと大丈夫だ。」


「…うん、」


 俺はなゆにというより自分を納得させるように言う。心の奥底ではありえないとわかっている。でも俺はこうでも思わないとやってけないのだ。





 学校についた。校門をくぐると夏休み前と変わらない風景が広がっていた。あちこちで久々にあったであろう友達と夏休みになにをしたかなどという話をしている。すると多くの人が同じところに目線を向けているのがわかる。少しビクッとしながら俺も同じほうを向く。すると唯人がいた。俺となゆは目を合わせるとすぐに唯人のほうに向かって走り出す。


「ゆいっ………え?」


 唯人の名前を呼ぼうとした瞬間、唯人の横で親しげにしている女性が目に入る。え?どういうことだ?なんで唯人が女性と親しげにしているんだ?周りの声を聴くと「氷姫様が何であんな平凡そうな男と一緒にっ」などという声が聞こえてくる。

 氷姫、聞いたことがある。たしか本名は七瀬凛。生徒会長を務めていてその圧倒的な美貌と冷酷な行動が相まってあいまって人気を博しているらしい。

 そんな人物が唯人ととても親しげに話している。その意味は馬鹿でもわかる。俺は隣のなゆに目を向ける。なゆはと壊れたかのように「ああっ、ああっ」と言い続けていた。すると唯人と生徒会長がふとこちらを向く。唯人はいろんな感情が混ざったような顔をしてから軽蔑の目を向けてくる。生徒会長も心底軽蔑しているような目を向けてきた。俺たちは許してもらえないんだと分かった。



 おぼつかない足取りで俺となゆは教室まで移動した。俺となゆと唯人はそれぞれクラスが違う。そのためなゆが教室に入るのを確認し、俺はその隣のクラスへ入る。


「おお、明日翔じゃん、久しぶり~」


「え?」


「え?ってなんだよ~俺のこと忘れたのか?」


 するといきなり教室の中ではよく話す友達、玉川英俊たまかわひでとしが話しかけてきた。


「お前ほんとにどうしたんだ?てかよく見りゃめっちゃやつれてんじゃねーか。」


 なゆと唯人が付き合っているということは学年中が知っている。ということはまだ俺がなゆを寝取ったことは広まっていないのか?俺はその答えに行き着くと心の底から安堵する。もう学年中に広まっているのかと思っていた。


「そういえば明日翔が幼馴染だって言ってた唯人ってやつ生徒会長と歩いてたぞ。明日翔のもう一人の幼馴染のなゆってやつと付き合ってるんだよな?これ大丈夫か?」




俺は真実を話すことはできなかった。

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