第2話 焦慮

 目が覚めたのは10時過ぎだった。朦朧としている意識がはっきりしていくと昨晩の出来事を思い出す。俺はなゆをまだ好いていることを再認識するとともに激しい虚脱感に襲われた。するとどこからかいいにおいが漂ってくる。


「あーーくーーん、ご飯だよぉー」


「わかった、もう降りるよ」


 おそらく1階のリビングにいるなゆからの呼びかけに、自分でも驚くほど冷静に返事をする。階段を下りていくにつれ匂いが強くなり今日の朝食はフランスパンだと把握。卵たっぷりタルタルソースが作られていることを願う。


「おはよう、なゆ」


「おはようっ!」


  昨晩あんなことがあったのに、今の一連の流れだけで俺は幸福に包まれていた。

 なゆの異常性への恐怖や嫌気もあるし、唯人への罪悪感も計り知れないほどある。

 けど今の俺の脳はよろこびが支配している。


「「いただきます」」


「ん~おいしいねぇ、これ」


「おっタルタルソースも作ってくれてんのか」


「うんっ、あーくん好きだもんね?」


 あぁ、すまない唯人よ、俺は今最高に幸せだ。





 朝食後、なゆは無断で外泊したことを謝るためにも一度家に帰った。それぞれプレゼントを買った後に唯人の家で合流する予定だ。


「ん~なにがいいかな」


 ショッピングモールについた俺は千紗ちゃんへのプレゼントを考える。ネックレスやブレスレッドとかのアクセサリーがいいか、それとも無難にぬいぐるみか、やっぱ女の子へのプレゼントは難しいな。


「おし、これにしよう、まだ中学生だしぬいぐるみでもうれしいだろう」


 結局無難なものにした俺は足取り軽く家に帰っていった。

 この時の俺はこのプレゼントが無駄になるとは思ってもいなかった。




 家に帰った後数時間ダラダラして過ごし、15時半を過ぎたあたりで唯人の家に行く準備を始める。一応誕生日を祝う会なのでいつものようなだらっとした服ではいけない。10分ほどどの服を着るか迷ってから一番お気に入りのやつを選ぶ。そして髪を整えてプレゼントを持ってから家を出た。すると唯人の家の前になゆの姿が見える。


「あっ、あーくん!さっきぶり~」


「おう、ちゃんとプレゼント持ってきたか?」


「私がいっつも使ってる保湿液にしたよっ」


 なゆが自慢げに丁寧に梱包こんぽうされた保湿液を見せてくる。なるほど、それなら必ず使うしうれしいな。純粋になゆのプレゼントに尊敬する。やっぱこういうのは女子のほうがセンスいいのかな。


「じゃあ入るか」


「うん」


  俺たちは唯人の家のインターホンを鳴らした。十秒ほどたっても反応がないので

 再度インターホンを押す。すると鍵が開く音がしたあとゆっくりとドアが開く。


「あっ千紗ちゃん、誕生日おめでとう。てっきり唯人が開けてくれるのかと思ったよ。…ってどうしたの千紗ちゃん?」


 ドアから出てきた千紗ちゃんは俺たちをまるで憎悪ぞうおの対象かのように見ていた。数十秒無言の時間が続き、千紗ちゃんが震えた声で喋りだす。


「あなた方は、昨晩何をしていましたか?」


「「え?」」


「なにをしていたか、聞いているんです」


「「…………」」


 俺は頭が真っ白になった。ばれているのか?横に顔を向けると、なゆの顔が青ざめていた。


「あぁ、そうですか、」


 また、数十秒の無言の時間が続く。


「私は、兄が、好きです。大、好きです。大大大好きです。ですので、いつも兄と仲良くしているあなた方がうらやましく、少し、嫉妬していました。けれどもあなた方と接しているときの兄は、とても、楽しそうで、その時の笑顔は、私には作れません。だから、私はあなた方に嫉妬すると同時に、認めていました。明日翔さんは兄の親友として、なゆさんは兄の彼女として。でもっ、でもあなた方は裏切りました。兄とあなた方を認めていた人たち全員を。そして私の兄を、ひどく、傷つけました。あなた方は自分が何をしたかわかっていますか?それを、自覚していますか?」


「「……………」」


「もし、わかってくれているなら、それを反省しているのなら、もう二度と兄の前に立たないでください。もう二度と兄を傷つけないでください。最後に言っておきますが私は、あなた方を、今すぐ、殺したいほど、憎んでいます。」


 千紗ちゃんはそういうとバンっと壊れるほどの音をあげながらドアを閉めた。俺たちは言葉を発せなかった。おそらく10分ほど立ち尽くした後、俺は言った。


「……帰ろうか」


「……うん」


 俺はこのときどう言葉を発したか覚えていない。自分の家に向かって黙々と歩き続ける。俺の家までの帰路上にある、なゆの家についた。


「……じゃあ」


「……うん」


 なゆは家の中に入っていった。それを見送った俺はまた黙々と自分の家に向かって歩く。俺はほぼ思考が停止していたが道順は体が覚えているもんで気づいたら家の前にいた。家の中に入ると旅行から帰ってきた両親がいた。


「あっ、おかえり明日翔」


「…ただいま」


「どうしたのそんな暗い顔して、なんかあった?」


「……いや、なにも」


 俺は母から逃げるように自室に入った。俺はすぐさまベッドにもぐりこみ、そのまま視界は暗転した。





 だが、この地獄はまだまだ始まりだった。

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