第22話 再会

「よし、全て消灯」


 アーノルド殿下の号令で、戦船の電気が全て落とされた。真っ暗な海の中、真っ黒な戦船が紛れて見えなくなる。


「カツキ、君の指示で船を動かすよ。ゴー」


 僕は操舵室の船員の隣で、カイルの戦船が入った場所を指差した。操縦士は、事前から目をつぶっていて目を慣らしていたのか、正確に僕の指差した方向へ船の舵をとった。


 船がゆっくり進みだし、パスモール海流域に入った途端、凄まじい速度で進みだした。


「カツキ!」

「大丈夫、潮の流れのままで」


 船は不自然な動きをしながらも、確実にカイルの通った軌跡を辿っていた。

 しばらく奔走されていた船が、押し出されるようにグンッと進むと、しばらくして停まった。


「ここは……」

「パスモール海流域の中心部ですね」


 航海士が、海図と天文図を見比べながら現在の位置を割り出した。


「こんなところに島が……。とりあえず、島の裏に回ろう」

「そうだね。日が昇ったら、海賊に見つかっちゃう。船を隠しておける場所があるといいんだけれど」


 あまり島から離れないように気をつけながら、島の裏側に回ると、そこは断崖絶壁になっていた。


「これはまた……」

「これなら、船を隠しておけるね。この海域に入れると思ってないだろうし、さらにこんな断崖絶壁を登るとも思わないだろうから」

「ここを登るのか?」


 アーノルド殿下は情けない表情になる。


「アーノルド殿下は船に残って船を守っていてください。いざとなったら、僕らにはかまわず脱出を」

「ええ?そりゃ無理だよ。帰り方がわからないからね」


 確かに……。


 海域への入り方はカイルの痕跡を追ってわかったけれど、出方はわからない。カイル達だけでなく、海賊も数人捕獲する必要がありそうだ。


「じゃあ、僕と第三騎士団の騎士数名でカイルを探すよ。カイルと合流できれば、海賊の二~三人、カイルが拉致ってくれるだろうから、帰り道は拉致った海賊に案内してもらえばいいんじゃないかな」

「グリーンヒル騎士爵が無事ならそれでいけるだろうが……」

「無事に決まってる」


 縁起でもないことは考えないに限る。今だってカイルのいる方向を強く感じるんだから、カイルは絶対に無事だ。


「アーノルド殿下、大丈夫です。俺らだって、伊達に毎日団長にしごかれてせんから。万が一団長が動けないような目にあっていても、こいつなら団長かついでも全力疾走できる体力あるし、こいつは剣術大会優勝者です。こいつは鍵開けが得意で、こいつは夜目がききます。こいつなんか、どこにでもいそうな地味な見た目で、潜入捜索で大活躍です」


 鍵開けが得意とか、夜目がきくとか、騎士のスキルというよりは盗賊とかで役に立ちそうだけど。地味な見た目とか……ただのディスリかな?


 ただ、騎士達は真剣な表情でウンウンと頷いていて、それなりに真面目な発言だったということはわかる。


「君達に任せるのはいいとして、まずはこの断崖絶壁を登らなきゃなんだけど、それは可能なのか?僕にはどう見ても無理に見えるけど」


 断崖絶壁……といっても、反り返っている訳でも、ツルツルな岩盤って訳でもない。高さはかなりあるけれど、ボルタリングの初心者用の壁よりは簡単そうに見えた。僕がサークルでやっていたのは、人工的な突起ホールドのついた壁を登るやつで、クライミングはやったことはなかったが、なんとなくいけそうな気がしたのだ。


「僕が登るよ。で、上からロープを垂らせば、みんな登ってこられるだろ」

「そんなことできるのか?落ちたら確実に死ぬぞ」


 ちょっと、怖がらせるのは止めて欲しいんだけど。


「やらなきゃカイルを助けにいけないだろ」


 騎士達は感動したように僕を見ている。


「あそこ、木の根が出てるよね。まずはあそこに最初のロープを結ぶよ。あそこまでなら、落ちたとしても大した高さじゃないだろ。途中途中に木が生えてたり、岩の窪みもあるの見える?命綱を結べる場所はあるし、休憩もできそうだ。万が一落ちても数メートルの滑落ですむよ」


 崖を指差しながら説明すると、アーノルド殿下はなるほどと頷く。


「俺も行きます。身軽さなら任せてください」


 騎士の中でも小柄な騎士が手を上げ、僕と一緒に崖を登ることになった。


 途中、騎士が一回足を滑らせたが、命綱を太い木に結んでいたおかげで助かり、途中何回か休憩を入れながら崖を登りきった。

 僕だけでは、解けないロープの結び方なんか知らなかったから、騎士と二人で登って本当に良かった。じゃなかったら、崖の上からロープを垂らしたはいいものの、みんな海に落ちる羽目になっていたかもしれない。


 騎士達は全部で三十名戦船に乗っていたが、半数の十五名が崖を登って海賊島に潜入することになった。五名はロープの見張り番として崖上で待機してもらう。十名の騎士を従えて(しょうがないよね、僕しかカイルのいる方角がわからないんだから)、真っ暗な島を歩く。松明なんてもっての外だし、月明かりも届かないような鬱蒼とした森を歩き、何度転んだことか。


 ちなみに、僕がわかるのはカイルの場所だけだから、帰り道はちゃんと騎士に頼んで印をつけてもらっている。船にたどり着けず、海賊島で遭難なんて洒落にならないから。


「あの洞窟の中だ」


 木々に隠れて僕は森の中に現れた洞窟を指差した。洞窟の入口には、見張りだろうか?男が二人座り込んで……酒盛りをしていた。

 すでにけっこうベロンベロンで、見張りの役目は果たせなさそうだけど、あんなんでいいのだろうか?


「誰もパスモール海流域を越えられないって、高を括っているんだろうな。甘いぜ」


 騎士の一人がニヤリと笑って言う。自分の手柄でもないのに、来てやったぜ感が半端ない。


「助けにもこられないし、逃げられもしないと思っているんだろうよ」

「逃げられないって、うちの団長相手にか?あの人、鉄の鎖くらいなら余裕で引きちぎるけどな」


 僕の婚約者って、どんだけ馬鹿力なんだよ。


「見張り二人で団長をどうにかできると思っているのかな?無知ってのは恐ろしいな」

「全くだ」


 カイルならば逃げられない訳がないという信頼なのか、騎士達に緊張感はほとんどない。 

 酷い目に合わされているんじゃないかと思うと、僕は気が気じゃないと言うのに。


「そうは言っても、カイルは捕まっちゃってるじゃん」

「よっぽど頑丈な鎖でグルグル巻きにされているか、人質をとられてるかだろうな」

「両方じゃないか?」

「だな」

「とりあえず、あいつらまで少し距離あるけど、騒がせずに捕獲しないとだな」


 洞窟の前は少しひらけており、見張りがいる場所までは走っても十秒くらいかかりそうだった。その間に騒がれたり呼子笛を呼ばれても困る。

 俊足な奴が飛び出すとか、他に気を反らして飛びかかるとか案を出している間に、洞窟の暗闇から手が伸びてきて、一瞬のうちに見張りを絞め落とした。

 悲鳴一つ上がらずに見張りが地面に転がる。


「団長!」

「カイル!」


 暗闇から現れたのは、ボロボロの騎士服を着たカイルで、体中傷だらけだった。特に肩に受けた刀傷は深いのか、いまだに血が滲んでいる。


「……カツキ?」


 飛び出して走り寄ると、カイルがしっかりと抱きとめてくれた。


 カイルの後ろから、カイル程ではないが傷ついた騎士達と、その後ろからは漕ぎ手などの水夫だろうか、凄い人数がついてきていた。


「何でカツキがここにいるんだ!」

「詳しい説明は後。助けに来たんだよ。とにかく、戦船に戻ろう」

「戦船で来たのか?パスモール海流域を?」

「うん。でも、帰り方はわからないんだ」

「それなら俺わかります」


 水夫の中でも、殴られて青痣だらけの男が手を上げた。彼は海賊に潜入していた騎士で最初はバレずに漕ぎ手として海賊船に乗ったらしいが、潜入しているのがばれて、パスモール海流域に騎士団の戦船を誘導する為に利用され、そして捕まっていたらしい。カイルがこれだけやられたのは、騎士が人質だったからのようだ。


「しかし……この人数、乗れないんじゃないっすか?」


 騎士の一人が、カイルの後ろにいる人数を見て言った。


 カイルが乗っていた第一戦船の騎士プラス第一戦船の水夫達、そして海賊に誘拐されたり連れてこられたりした一般庶民までいたからだ。彼らは海賊船の労働力として、奴隷のような扱いを受けていたらしい。


「やはり、最初の計画の通り、海賊船の強奪だな」


 カイル……海賊船奪って脱出するつもりだったのか。


 それからのカイルはまさに鬼神のようだった。かなり重症な傷を負っていた筈なのに、海賊達に奇襲をかけ、見事に一人残らず捕縛し、海賊島の制圧に成功した。

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