第23話 同棲生活の始まり
海賊の捕縛を果たして王都に帰還したカイルは、その足で王宮に報告しに行き、僕は一足先に騎士団寮に帰ってきた。
カイルが海賊討伐に出てから、一度も騎士団寮には戻っていなかったから、部屋の改装が終わったのは聞いていたけれど、改装後の部屋を見るのは今日が初めてだった。
「これって……」
明らかに頑丈そうな扉を開けたら、ほぼ二部屋ぶち抜いた広い部屋が目の前に広がった。
何かあった時の為にと、カイルの部屋と僕の部屋を繋ぐ内扉をつけるとは聞いていたけれど、壁をぶち抜いて二部屋を繋げるとは聞いていなかった。しかも、バストイレはもちろん、キッチンまでついていて、寮の一室というよりも、1DKのアパートのようだった。
家具まで全て新品で揃えられ、まるで新婚さんの部屋のようだ。キッチンにはフリフリエプロンまで置いてあった。
あれつけてカイルを出迎えろと?
どちらかというと簡素で殺風景だった部屋のあまりの変わりように、僕は扉を閉めるのも忘れて立ち尽くしていた。
「カツキ、お帰り」
「ルカさん、これって……」
僕の様子を見に来たのか、ルカが開いた扉をノックして入ってきた。
「ああ、少し手狭かもしれないけど、新婚さん感でてるよね」
新婚さん……ではまだない。婚約はしているけれど。
キスしかしていない状況で、キングサイズのベッドが一つだけって、これは一緒に寝る流れだよね?
さすがにまだそこまでは割り切れていないぞ?!
「団長がさ、とにかくカツキの安全重視でって言ったから、部屋の壁をとっぱらっちゃったよ。何が一番安全って、団長といるのが何よりも安全だからさ。だから、あっちの扉はダミーな。開かないようになっているから。きっと団長、あっちの扉から入ろうとするだろうから、部屋に入れなくて驚くだろうな」
カイルの部屋の入口だった扉を指差してルカは笑った。
笑い事じゃないぞ。
「壁を壊したらどうするんだよ」
怪我しているのに、岩に頑丈に打ち付けられていた鎖の鉄杭を引っこ抜いた馬鹿力だ。扉を開けるつもりで壁を壊しかねない。
「確かに。張り紙しとくか。出入りはカツキの部屋からって」
そんな会話をしていると、開いた扉からカイルが顔を出した。
「ウオッ!この部屋は……」
「カツキの安全第一に考えて改装しました」
「ああ……うん。そうか。それならまあしょうがないな」
カイルは仏頂面ながら、頬がピクピクしているのは、いきなりの同室に狼狽えているというより、嬉しさを隠せない様子だった。
「では、僕はこれで。カツキ、団長は怪我療養で三日間休みだから、看病を頼みます」
「僕は仕事に復帰……」
「カツキも三日後から戻ると、厨房とかには伝えてあるから。では、ごゆっくり」
「ちょっ……」
ルカは敬礼すると部屋を出て、パチンとウィンクしてから扉を閉めた。
なんのウィンクだよ?!
「カツキ、伯爵位に叙されたぞ」
「もう?今日帰ってきたのに?」
カイルが騎士服の上着を脱ぐのを手伝いながら、なんとなくベッドの方向からは視線をそらす。
「まぁ、今回の討伐は叙勲が目的だったからな。一応領地もついてくるようだったが、領地経営なんかできないから断ったよ。もしカツキが欲しいなら受け取るが」
「いや、僕もそんなことできないし」
カイルの上着を上着かけにかけると、お茶を入れようとキッチンに立った。
「なんか……いいな。夫婦みたいだ」
カイルの言葉に、僕は必要以上に動揺してしまう。だって、夫婦って……。どうやっても視界に入るデカイベッドは、本当に目に毒だ。
「そ……そんなことより、カイルに話があるんだ」
「なんだ?」
僕はお茶をいれるとテーブルに運び、カイルと並んでソファーに座る。
「実はね、アーノルド殿下から僕の前に来た異世界人の日記を借りてたんだけど、それを読んでたら……」
「まさか、還り方がわかったとか言わないよな?!」
カイルが凄い勢いで詰め寄って来て、僕はソファーの背もたれに押し付けられる。
「いや、それはわかんないよ。でもね、異世界人とパートナーに超常現象的にな繋がりがあるみたいってのはわかったんだよ」
「超常現象??」
「たとえば……パートナーのいる方角がわかるとか、話さないでも会話ができるとか」
「じゃあ、カツキ達がパスモール海流域を通過できたのは、その能力のおかげか?」
「うん」
カイルが僕の肩をつかんで、ジッと目を見つめてきた。
「どうだ?俺の考えていることがわかるか?」
「いや、僕達はまだその域まで到達していないというか……」
「なんだ……でも、いつかは到達するのか。楽しみだな」
至近距離で微笑まれ、ドキリとしてしまう。
「嘘だとか思わないの?」
「思うわけないだろ。目を見ればわかる」
「そうか……」
なんか、目茶苦茶恥ずいんだけど。
「それに、カツキが俺の場所がわかったってことは、俺がおまえのパートナーだってことだろ?そんなこと、疑う訳がない」
「そ……そうか」
カイルの視線も言葉も、いつも一直線だ。僕に向かっている。
僕がこの世界に来たのも、もしかするとカイルとパートナーになる為の必然だったのかもしれない。
じゃなかったら、僕が男に……いやもちろんカイル限定だけど、男にドキドキするとかあり得ないし。危険な海路も、その向こうにカイルがいると思えば進むことができた。海賊がいる島だって、カイルを助ける為だと思えば怖くはなかった。
そりゃ、平和に慣れた日本で生まれ育って、危機意識がこっちの人間よりは低いのかもしれないけど、カイルが危ない目にあっているかもしれない方が、ずっとずっと怖かった。カイルを失うくらいなら……、そうか、僕は何でもできるのかもしれない。
「……カイル」
「うん?」
僕はカイルとの隙間がないくらい近づいた。そして、そのルビーのように真っ赤な瞳を見上げた。
「僕が何を考えているかわかる?」
カイルの逞しい喉仏が上下する。
「そうだな……。キス……したいかな」
「正解」
僕は、カイルの首に手を回して引き寄せ、濃厚なキスをかました。
★★★
なんだかなぁ……。カイルの学習能力が凄くてやばかった。だってさ、最初は舌入れただけでガチガチに緊張していたし、不器用に僕の舌に反応していたのに、すぐにキスのやり方をマスターして、僕が逆にやり込められちゃったくらいだった。
しかも、それで僕のが反応しちゃったんだよ。
絶対に、カイルに気付かれた。
これって、僕もカイルに性的に発情したってことだよね?しかも、キスくらいでさ。中学生でもないのに恥ずかしい。
でもさ、だからってすぐにカイルの全てを受け入れるのは怖いし、まだそこまでの度胸がなくて……。木村さん(異世界日記の著者)はなんでそんなにすぐにミシェルさんを受け入れられたのか、会えるものなら聞いてみたいものだ。しかも、男なのに妊娠までして、身体の作りはどうなっちゃったのかも、自分が同じ立場になっちゃったらって考えると、不安で不安でしょうがない。
「カツキ?」
キングサイズのベッドかギシリと音をたて、隣に寝ていたカイルが僕の顔を覗き込んだ。
「起きているか?」
「……」
寝たふりだ。
あのキスの後、ベッドに雪崩込まなかったのは、僕が腹痛を装ってトイレにこもったから。だって、アレな状態をなんとか収めなきゃだったし、カイルの瞳に溢れる熱に怯んじゃったせいでもあった。
一旦リセットして部屋に戻ると、カイルも普通に戻っていて、疲れているだろうからと、そのまま寝ることになった。多分、僕がビクついちゃってるのを察したんだろうけど、カイルは何も言わずに僕に背中を向けて寝に入ったんだ。
でもさ、それはそれで寂しくて、手を伸ばしたら誘っていることになりそうで、悶々としながら色々考えていたわけだ。
「カツキ……。ハァ……」
カイルはため息をつき、またギシリとベッドが鳴った。ベッドが少し揺れ、カイルがベッドを降りるのがわかる。
(トイレかな?)
扉が開く音がし、カチリと鍵が閉まる音がして、部屋は静寂に包まれた。
起き上がってトイレを確認しに行ったが、カイルはトイレにはいなくて、部屋の外に出て行ったのがわかった。
それからしばらく待ったがカイルは戻ってこなくて、気が付いた時には朝を迎えていた。
「おはよう」
ボヤッとしながら起き上がると、コーヒーを飲みながら新聞を読むカイルが窓辺に佇んでおり、その笑顔が僕には眩しく見える。
「……おはよ」
ベッドから抜け出そうと手をつくと、カイルが寝ていただろう側のシーツは冷たくて……。
もしかして、カイルはベッドで寝ていない?
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