第21話 補給船にて
船の中にあるシャワー室で旅の汚れを落とした僕は、船の進路がカイルのいる場所と僅かにズレていることに気が付き、慌てて操縦室に向かった。
操縦室は、操舵室、通信室、見張り台からなっており、帆船ではあるが風の力がない時や逆風の時などは人力で進む。あまりにレトロな作りに驚くが、馬や馬車で移動する世界なんだから、これが普通なのかもしれない。
カイルが単隻出港したのも、漕ぎ手を確保できたのが一隻分しかなかったかららしい。
「あの、船の進路が右にずれてます。カイルがいるのはもう少し左です」
操舵室にいる船長と思われる人に声をかけた。船を操縦する人員は第三騎士団の騎士ではなく、海上騎士団(通常は海上での保安に従事している)が担当していた。
「しかし、伝令の場所はこれであっていますが」
「でも、カイルはあっちにいるんです」
今は少しのズレでも、長く進めば大きなズレになる。それを修正する時間も惜しい。
船長とギャーギャーやっていたら、いつの間にかシャワーをしてきたアーノルド殿下が後ろに立っていた。
フワリと良い香りがして、肩を叩かれた。
「船長、カツキの言う通りに船を動かしてくれ。責任は僕が取るから。航海士、カツキの指差す方の地点を座標で出して。伝令係は、それを他の戦船に伝令」
アーノルド殿下の出現で、操縦室がにわかに動き出す。
船が正しくカイルのいるだろう方向を向き、僕はホッとしてよろけた。
「カツキが倒れたら、グリーンヒル騎士爵の居場所がわからなくなるだろ。少し休んだらどうだ」
「ううん、ここにいる」
ここは見張り台もあるから、前方が広く見渡せる。多分、真っ先にカイルの船を見つけられるのもここだろうから、カイルの船が見つかるまでここを離れたくはなかった。
アーノルド殿下は椅子を持ってくるように指示し、前方が見渡せてみんなの邪魔にならない位置に椅子を置いて僕を座らせた。
「これ以上進むと、パスモール海流域に到達してしまいます」
航海士が騒ぎ出し、操縦室中がザワザワしだす。
「パスモール海流域って?」
「多数の海流が交差する場所で、そこでは船の難破率が高いんじゃなかったかな」
「高いなんてものじゃないですよ。あそこに入り込んだ船は、必ず難破します。しかも、あそこは沢山の魚が集まる為、大型の魚も集まり、さらにそれを狙う鮫なんかも多くいますから、難破した船の船員はまず食われちまう。万が一食われなくても、海流にのまれたらどこに運ばれるかわかりません。下手したら海底に引きずりこむ海流もありますから」
船長がやってきて、アーノルド殿下の説明を補足する。
「本当にこっちで間違いないですか?」
「間違いないよ」
どんどんカイルに近付いているのがわかる。こんな超能力みたいなこと、どう説明すれば良いのかわからないし、自分でもどんな原理かなんてわかってないのだから、証明しろと言われても困るが。
「船長!前方に戦船を確認!海賊船と思われる三隻と交戦中のようです」
見張り台にいた騎士が叫ぶと、一斉に操縦室内が騒がしくなる。通信も頻繁に入るようになり、補給船は一旦この海域で停船することになった。
「もう少し近寄れませんか?!」
「これは補給船です。待機命令が出ていますから」
一応肉眼でもカイルの船を確認でかるが、何かあってもすぐに助けられる距離ではない。
「カツキ、大丈夫だ。海域船は三隻。僕達と一緒にきた戦船が五隻。グリーンヒル騎士爵が海賊船を引き止めてくれていたおかげで、全隻で戦えるんだ。必ず勝つさ」
食い入るように海原を見つめ、カイルの乗る船を目で追う。騎士団の戦船が来たせいか、今まで停滞していた海賊船との距離に変化が出た。
「嘘だろ?!奴等、パスモール海流域に突入しやがった」
「え?」
カイルの戦船は海賊船に乗り移れそうな距離まで近付いていたのに、いきなり海賊船が動き出してパスモール海流域に入ってしまったらしい。しかも、乗り移る準備でロープを海賊船にかけていたのか、カイルの乗る戦船まで引きずられるようにパスモール海流域に入ってしまったではないか。
海流に翻弄されることなく進む海賊船を見て、騎士団の戦船も五隻のうち三隻がその後に続いた。
しかし、すぐにあり得ない動きをして進む戦船を見て、他の二隻は海流域に入る手前で旋回して回避した。
三隻のうちの一隻は、海流域の中域まで進んだかと思うと、グラリとかしいで船尾から海に沈んだ。残り二隻は、押し戻されるようにハイスピードで戻って来ると転覆し、それを見て海流域に入らなかった二隻が救助に向かった。しかし、海流域には入れない為、ロープで繋いだ小舟を下ろしての救出作業は難航していた。
「救助に向かいましょう!」
「しかし……」
船長は、アーノルド殿下に視線を向ける。
「行きましょう。ここからでは、海賊船やグリーンヒル騎士爵の乗った戦船の行方もわかりませんし」
アーノルド殿下が決定を下し、船長はホッとしたように頷く。
船長の一言で船は動き出し、すぐさまパスモール海流域の手前まで辿り着いた。
「うちも小舟を下ろしましょう」
船長が船員に指示を出し、救助用の小舟が用意される。しかし、見ていると救助できる人数は多くて五人程度。彼らを船に運んでまた戻るを繰り返すと、時間がかかるし、途中で力尽きる人間も出るかもしれない。特に騎士達は武具を身に着けたまま海上に投げ出されているので、いくら体力自慢の彼らでも、長く浮かんでいることは難しいだろう。
「あの、長いロープって沢山ないですか?」
「ロープ?あるよ」
「樽は?」
「補給船だからね。食料の保管運搬用に沢山あるが」
「樽にロープを結んでそれを小舟に数個運ばせてください。救助する人達にそれにつかませて、後はこっちにいる漕ぎ手の人とかにロープを引っ張って貰えば、一艘の小舟でより多くの人を救助できませんか?樽を流すだけでもいいです。つかまる物があれば、少しでも長く浮いていられるでしょう」
「確かに!樽は腐るほどあるんだ。中身を抜いて海に落とせ。ロープはあるだけ樽に結べ」
船長が電信管を使って船内にいる船員に指示を出すと、小舟が下ろされるより前に樽が海に落とされ、うまい具合に漂いながら漂流している騎士や船員達の下へ流れていく。
「よく樽を使うことを思いついたね」
「好きなアニメで、樽で海を漂流する場面があったからね。それよりカイル達だけど、ジグザグに動きながら進んでいるみたいだ。多分、海賊船はこの海域を安全に渡る航路を知っているんだよ」
目で見るよりも、カイルの痕跡を辿った方が船が進んだ航路がハッキリとわかった。
「停止したね。多分、この海域の中にアジトがあるんじゃないかな」
「なるほど……。パスモール海流域の中ならば、いい隠れ家かもしれないな。そこに出入りできる方法があるのなら」
「僕……わかるかもしれません」
「本当か?!」
「今なら」
カイルが通った道筋が今ならばわかるけれど、これがいつまで残っているかわからないから、今すぐ行こうという感じだった。
「それは、暗くてもわかるのか?」
「うん。目で見てる訳じゃないから」
船長とかは、何を意味不明なことを言っているんだと怪訝な表情になっていたが、アーノルド殿下は沈みかけている太陽を見て頷いた。
「よし、日が沈んだら戦船に乗り換えて、暗闇に紛れてパスモール海流域に突入しよう」
「え?」
アーノルド殿下の自殺行為とも思われる作戦に、船長始め操縦室にいた全員がア然とした。
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