第19話 どこまでいいんだ?!…後半カイル視点

「……今回の遠征……ヤバイよな」

「海……討伐とか……だしな」


 食堂で黙々と皿を洗っていると、騎士達の会話が途切れ途切れ聞こえてきた。と言っても、僕の頭の中は違うことでいっぱいだったから、右から左に素通りしていたけどさ。


 最初はさ、こっちの恋愛ってあまりベタベタしないのが普通なのかなとか、いわゆる結婚するまで清い関係を貫くのが王道なのかもしれないって思ったくらい、カイルは僕とはスキンシップをしなかった。あんな厳つい顔で紳士かよ?!ってくらい、適切な距離を保つんだよね。


 でも、そこそこ知り合いとか増えてくるとさ、下世話な話とかも耳にする機会が増えてくるわけ。うん、カイルみたいなのが珍しいんだってわかったよ。


 アーノルド殿下にも少し相談したけどさ、実りはなかったよね。

 何かのヒントになればと、異世界人(僕からしたら同郷)の日記も何回も読み返した。彼はノーマルな人だったみたいだけど、けっこうすんなり同性婚を受け入れているんだよね。でも、その心境の変化とかは特に書いていなかったし、しかもけっこう早い段階で妊娠出産を繰り返していた。つまり、スキンシップしまくりってことかよ。


 凄い順応力だよね。案ずるより産むが易しを地で行っている。


 ってか、この人なんでそんなに早く同性婚を受け入れられたんだろう?しかも、パートナー以外は無理って書いてあったけれど、まるで僕がカイル以外は無理だって思うのと同じだよな。

 カイル以外の奴ら、ただの男にしか見えないもん。冗談でもキスもできない。吐く自信があるな。


「なぁ、カツキ。団長がいなくなって寂しい夜は、いつでも俺の部屋に来ていいぜ。俺は後発隊だからな」


 皿洗いをしながらボンヤリ考え事をしていると、厨房に顔を出した騎士がニヤニヤ笑いながら言ってきた。こいつは、たまに僕にちょっかいを出したりからかってきたりするんだけれど、カイルが怖いからか口だけで手を出してくることはない。非常に鬱陶しい奴だ。


「は?」


 カイルがいなくなるって、いきなりなんのことだよ。


 意味がわらないとばかりに聞き返す僕に、騎士はこんな大事なことも話してもらってないのかと肩をすくめる。


「討伐だよ、海賊討伐。一週間後に出発だろ。とりあえずは二ヶ月を目処にしているみたいだけど、下手したら半年、いや一年もありそうだよな。せっかく婚約したばかりなのに可哀想に」

「なんだよそれ」

「俺らは一ヶ月交代だけど、団長や幹部達は行きっぱなしだもんな」

「こっちでの仕事はどうすんだよ」

「マクスウェル副団長がこっちに残るんだよ」


 聞いてない!本気でなんだよそれ!


 水を溜めた桶には、まだ山盛りの洗い物が残っていたが、僕はエプロンの裾で手を拭くと、そのエプロンを外して騎士に手渡した。すると、なぜか騎士が照れ笑いを浮かべ、カイルの所へ行こうとした僕の前を遮ってきた。


 ちょっとそこどけよ。厨房から出られないだろ。


「着てた物をくれるとか、なんだよ。まだ団長は遠征に出てないのに、すでに俺とやる気満々かよ。しょうがねぇなぁ。団長には内緒で付き合ってやるよ」

「は?」


 なんか、勘違いされてないか?


 通路を遮って立つ騎士は、壁ドンをして僕との距離を詰めてくる。


「誰に何を内緒にするんだって?」


 低い声が響き、騎士の顔は一気に青ざめる。壊れた玩具みたいにギシギシと振り返った騎士は、鬼の形相のカイルと目が合い、恐怖で失禁一歩手前状態でガタガタ震える。


「カイル!ちょうど良かった。あんたに話があったんだよ。ちょっと部屋に行こう」

「いやいや、まずはこいつを……」


 騎士を横に押しやってカイルの腕をつかむと、カイルを引っ張って厨房から食堂へ出る。カイルの出現に食堂にいた騎士達の注目を集めていたが、そんなものは気にせず食堂も出た。


 僕の(カイルの)部屋に連れ込むと、カイルに壁ドンする。


「ちょっと、遠征に行くとか聞いてないんだけど」

「え?ああ、言いそびれていたか?」

「言いそびれていたか?じゃない!なんでそんな大事なこと他人から聞かなきゃなんないんだよ」

「ごめん。そんなことより気になることがあって」

「そんなこと?!」


 もしかしたら半年、一年会えないことをそんなこと扱いなんて?!……と、ショックを受ける。


「最近、カツキ悩んでいただろ?ボーッとすることが多いみたいだったし、俺と婚約が決まってからだったから、やっぱり俺との婚約を後悔してるんじゃないかって……。そんなことを考えていたら、他のことを考える余裕がなくなってだな……すまん」

「僕?」


 悩んで……いたな。主に淡白なカイルの態度について。


 お互いにお互いのことを考えていたなんてと思うと、なにやら笑いが込み上げてくる。


「カイルとの婚約を後悔なんかしてないさ。ただ、婚約する前と後でカイルとの関係が全く変わらないから、これが普通なのかって考えてただけ。僕ってけっこうスキンシップが好きっていうか、友達の女子とかでも距離近めだったからさ」

「スキンシップが好き……」

「あ、今はそんなことないよ。男となんか暑苦しくてくっつきたくないし、やっぱり男とは抵抗あるから」


 カイルの表情が険しくなっていくのを見て、余計なことを付け加えてしまったと後悔する。


 ここは言葉より行動だろ!と、僕はエイヤッとカイルに抱きついた。

 固いかと思っていたカイルの胸は、思ったよりもムッチリと弾力があり、厚い胸板のせいで背中までしっかり手が回らなかった。女の子のおっぱいとは全然違うけど、これはこれで気持ちが良い。なにより、カイルの匂いに包まれて、安心感が半端ない。


「……やっぱ、カイルは別なんだよな」


 ★★★カイル視点


 なんだこれは?!いったいどんな状況だ?!


 カツキが抱きついてきて、胸に頬ずりとか……可愛過ぎて辛い。

 俺は別って、俺には抵抗がないってことか?!いや、妄想は止めよう。落ち着け、俺!!


 手を回していいかもわからず、棒立ちになったままただ時間が過ぎる。

 心臓があまりに早く鳴り過ぎて、動悸がヤバイことになっている。鍛錬場を全力疾走して十周しても、こんなにバクバクはしないのに。


「カイルは、こういう接触は苦手だったりする?」

「いや!慣れてないだけだ」


 食い気味で答えてしまった。


 恥ずかしくて目元を押さえて上を向くと、胸元にいたカツキがクスクス笑っている。その振動がくすぐったくて、つい……片手をカツキの背中に回してしまう。

 すると、カツキが甘えたようにギュッとしてくるじゃないか。


「もしかしてさ、僕が体の関係なしで……とか言っちゃったから、距離取ってたとか?」

「いや、その、正直、どこまで許されるのかわからなくてだな。嫌がられたら凹むというか……、こういう経験がないからわからないんだ」

「そっか、そっか。あんまりカイルが付き合う前と変わんないから、色々と考えちゃったよ。で、ちょっとボーッとして見えたのかな。嫌なことはちゃんと嫌だって言うから、カイルは好きなようにしていいんだよ」


 ここに天使がいる。


「本当だな?!」

「え……ああ、もちろん。でも、そんなに食い気味で言われると怖いんだけど」

「抱き締めていいか」

「力加減さえしてくれたら」


 俺は両手でそっとカツキを抱きしめた。あまりに細くて、壊してしまいそうで怖い。


「で、遠征の話を聞かせてくれるよね?」

「ああ」


 海賊討伐の話、その間カツキを王宮に預けるつもりだということ、成功したら俺の爵位が上がって、カツキが異世界人だということを全世界に発表するつもりだと告げる。騎士爵では、カツキに何かあった時に守りきれないから、せめて伯爵位くらいが必要で、爵位を上げる為にはそれなりの手柄がいると説明すると、カツキは可愛い顔を歪ませる。


「行かなきゃ駄目なの?半年とか一年かかるかもしれないんでしょ」

「いや、二ヶ月……一ヶ月半でかたをつける。だから、王宮で待っていてくれるか?」


 カツキは返事をする代わりに、俺の首に手を回して俺の頭を下げさせた。そして、カツキの唇が俺の唇を塞ぐ。


 二回目のキスは、カツキからだった。


「無事に帰ってきたら、もっと濃厚なやつかましたげるから」


 マジか?!

 よし!半月で帰ってこよう!!







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