第18話 遠征に向けて…カイル視点

 最近、カツキの様子がおかしい。なんかボーッと考え事をしているというか、食事をしていても上の空だし、仕事でもミスが多いようだ。


 婚約者!……なんだから、何か悩みがあるならば相談して欲しいのに。


 そう!カツキは俺の婚約者だ。騎士団にも広まり、結婚秒読みとまで言われている。密かにカツキを狙っていた騎士団諸君!残念ながら君達の出番は一生こない。指を咥えて悔しがるがいい!!


 なんて高笑いするも、いまだに婚約者どころか、恋人がするようなこともできていない。フライングでキスはしているものの、それ以外の接触は皆無だ。

 恋人になる時、体の関係なしで付き合いたいと言われたから、どこまでがセーフで、どこまでがアウトか測りかねていた。やはり、キスは駄目だよな。第一、キスなんかしたら、それ以上を我慢できる気がしない。体の触れ合いも同様だ。


 抱きしめたりなんかしたら……。


 想像しただけでアウトだ。暴走する未来しか予想できない。

 三十過ぎにして未経験……いわゆる童貞という奴で、余裕もなければ我慢強さもない。騎士団の任務ならば、周りを把握する視野の広さや忍耐力には自信があるのだが。


「どうしました?ため息なんかついて」

「いや、まぁ、なんていうか……」


 ルカと来週の遠征についての打ち合わせをしていたのだが、ほんの僅かな休憩時間でも考えるのはカツキのことだった。

 こんなことでは、来週の遠征でミスを犯しかねない。俺だけのミスならまだしも、多くの騎士団員の命を預かっているのだから、もっと気を引き締めなければ。


 急に決まったこの第三騎士団の遠征は、実は俺の爵位を上げる為に仕組まれたものだった。といっても、海賊をでっちあげたのではなく、他国との航路に神出鬼没に現れる大海賊がおり、本国だけではなく、輸出入している全ての国が被害を受けていた。そのせいで他国との貿易が滞り、さらには本国に繋がる航路が敬遠されるようになってしまった。


 俺に下った命令は海賊の討伐だった。確かに海賊達が国に与える損害を考えれば、彼らを捕まえたら褒章として伯爵位を与えられるのは妥当かもしれなかった。


 カツキを守る為には、貴族でも伯爵位以上の爵位が望ましく、さらに海賊を退治した功労者として、国内外に名前を売ることにより、俺の婚約者が異世界人であるということも、同時に周知させようという目論見もあった。


 まあ、以前から海賊討伐の話は上がっており、どの騎士団が行くか議論が重ねられていた。俺の隊か、ホーク団長の隊が最有力候補で、前回の模擬戦の結果を考慮して、第三騎士団が討伐に赴くというのが、表向きの理由となっていた。


 もちろん、この討伐は国の為にも、異世界人であるカツキの婚約者として国内外にアピールする為にも必要なことはわかっている。討伐自体にも不安はない。……がしかし。


「まあ、だいたいはカツキのことですよね。離れることが不安ですか?僕達がいない間は、王宮で住み込みでしたっけ?アーノルド殿下に略奪愛されるとでも?」


 俺は苦虫を噛み潰したような表情になる。それも、不安っちゃ不安だ。婚約者といえども、まだしっかりと絆ができているわけでもないから。


「会えないのは、確かに不安だな。カツキに何かあってもすぐに駆けつけられないからな。でも一番心配なのは、最近のカツキの態度だ。ボーッとしているというか、食欲もあまりないようだし。体調不良なんじゃないかと思って」

「そんなの!直に聞けばいいじゃないですか。婚約者なんですから」

「そう……なんだが」


 拳を握って俯く。

 執務室に沈黙が広がり、ルカのため息が大きく響く。


「……俺との婚約を後悔しているのならと思うと聞けなくて」

「団長……阿呆ですね」

「あ……」


 ルカの心底呆れたという口調に、俺はただポカンとする。


「そんなにカツキのこと知っている訳じゃありませんが、団長との婚約が公にされる前、けっこうカツキってモテてて、ちょっかいを受けていたんですよ」

「なに?!」


 カッとして立ち上がった際、あまりの勢いに椅子が後ろに倒れ、大きな音が鳴った。


「まぁまぁ落ち着いて。そりゃ、あんだけ可愛くて働き者なら、独身の奴らは目の色を変えますよ。でも、カツキは気持ち良いくらいスパッとふってましたから」

「そう……なのか?」

「ええ。ライトって若手の騎士は知ってます?」

「ライト・ヤングか?」


 若手の騎士の中でも、抜群に顔が良くて常に恋人が途切れたことがないと噂の奴だな。まさか!あいつまでカツキに?!


「そう、そのライトです。あいつがカツキに告白したらしいんですが、気持ち悪いんだよって一喝したらしいです」


 ライトが気持ち悪かったら……俺はどうなるんだ?!


「カツキはああ見えてかなりはっきりした性格してますよ。嫌なものは断固として拒絶しますし、流されるとかはなさそうですし。それに、カツキはきっとゲテモノ好きです」

「は?」


 ルカは、髪の毛をさらりとかき上げて、その美貌を見せつけるようにする。


「ライト然り、アーノルド殿下然り、そしてこの僕。カツキは美形男子には全く無反応なんですよ。僕が笑いかけて頬を染めない男子なんか、この世でカツキだけですから。それどころか、ばっちり警戒されて距離置かれますし」


 自分で美形男子と言い切るメンタルの強さも凄いが、こいつ、カツキになんかしたんじゃないだろうな?警戒されるような何かを!


 ルカをギロリと睨むと、ルカはシレッとした様子で、「団長が騙されてないか、ちょっと確認しただけですよ」とすましている。


「カツキは、団長以外は無理だそうです。ね、ゲテモノ好きでしょ」


 この際、カツキに好かれるのならば、ゲテモノだろうがキワモノだろうがどうでも良い!


「俺以外は無理って、カツキが言ったのか?」

「そうですよ。だから、団長の心配事を正直にカツキに話してみたらどうです。彼の性格なら、ズバリ答えてくれると思いますよ。遠征前に憂いはなくしておいた方がいいです」

「……だな。ちょっと行ってくる!」

「はーい、いってらっしゃーい」


 間の抜けた声で手を振られ、俺はルカに残りの仕事を押し付けてカイルを探しに行った。



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