第17話 異世界人の日記

「おめでとう」

「はぁ……」


 アーノルド殿下との毎週の面会の日、部屋に入ってくるなりアーノルド殿下にお祝いを言われた。


 僕とカイルは晴れて婚約者同士になったわけだけれど、二人の関係が特に変わるということもなかった。距離感とはか以前と変わらず、ひたすら避けられていた一週間に比べれば、毎日顔を合わせるし、時間が合えば食事も一緒にするが、以前の関係に戻っただけといえた。


「なんだ、イチャ甘な婚約生活を送っているんじゃないのか?」


 アーノルド殿下のニヤニヤとした笑いに、何を想像しているのかは理解できるが、そういったことは一切なかった。


「いや、普通ですよ」


 僕の部屋の鍵と扉が騎士達の勘違いにより破壊されてから、僕の住まいはカイルの部屋になった。同棲……ではなく、カイルと僕の部屋を交換したのだ。扉の修理が終わるまでだが、なんでも騎士達が数人で体当たりしても壊れない頑丈な扉と鍵にするそうで、壁から変える特殊加工になる為、かなり工事に時間がかかるそうだ。それと、扉が直ったら、カイルと僕の部屋に内扉をつけて新婚さん仕様にするらしい。


 そうしたらアレかな……と思うんだけれど、今はまだ完全に別室なので恋人らしい触れ合いは皆無だ。


「照れ隠し……じゃなさそうだな」

「ええ、全く」


 アーノルド殿下は長い足を組み換え、呆れたように肩をすくめる。美青年は、ただ足を組み替えただけで絵になるから羨ましい限りだ。


「それは、カツキが拒否しているのか?ほら、恋愛対象が女子の世界から来た訳だし、男相手はやっぱり無理みたいな?」


 明らかにカイル不憫……みたいな口調で言われたが、僕はそこまで拒否したつもりはない。まだ体の関係を持つのには抵抗があるが、手を繋いだり……ぶっちゃけキスくらいまでならできる気しかしない。


 元から女子の友達が多く、誰に対してもフランクに接するタイプで、人肌好きだし、スキンシップ多めだった。そういうところが誤解されて、Hを誘われることが多く、いつの間にか友達がセフレな関係になっていた部分もあった。


 そんな僕だから、正直カイルにくっつきたいし、あの筋肉を堪能してみたいという気持ちもある。


「まだHは無理だけど、もっとベタベタはしたいよ。スキンシップしたいし」

「アハハ、それはそれで拷問かもしれないね」

「なんでさ。くっつくだけでもホッコリするじゃん。十代の若者ならまだしも、カイルは三十五だろ?さすがにそういう面は落ち着いているんじゃないの?」

「それはどうかなぁ……」


 アーノルド殿下は、僕に会いに来る前に鍛錬場で見かけた鬼気迫るカイルの訓練風景を思い出し、心底カイルに同情していたが、そんなことも知らない僕は、恋人になっても変わらないカイルの態度にモヤモヤしていた。


「じゃあさ、僕にくっついてホッコリしとく?僕は別にグリーンヒル騎士爵の代わりでも、全然かまわないよ」


 アーノルド殿下に流し目を向けられ、背中がゾワッとする。


「気持ち悪いから止めて。男を受け入れられるのはカイルだけなんだ。他はどんな美青年でも無理!」


 ほら見て、鳥肌!と腕を見せると、アーノルド殿下は面白そうに笑った。


「こんな扱いは初めてだ。なんか新鮮でいいな」


 Mかよ?と内心ツッコミながら、僕はアーノルド殿下が持ってきたノートに目を落とした。


「何が書いてあるかわかる?これは七十年前に来た異世界人のタカヒロ・キムラの日記なんだけど」

「うん。日本語だから」


 江戸時代の人が書いた物だったら同じ日本語でも読めなかっただろうけれど、昭和生まれの人のなら全然普通に読めた。

 筆まめな人ではなかったようで、数十年が五冊にまとめられていた。これが目の前に山のように日記を積み上げられたら、いくら同郷の人の物とはいえ、読む気が失せていたに違いない。


「面白い文字だね」

「そう?日本語は、片仮名、平仮名、漢字からなるんだよ」

「ちょっと読んでみてよ。指差しながら。もしかすると、カツキの悩みを解決する何かが書いてあるかもよ。彼はこっちで結婚して、さらには子供だって作ったからね」

「なるほど……」


 とりあえずパラパラと巡って、よさげなところを抜粋して読みだした。


 ★★★


 ○月△日

 ここはどこだろう。外人さんみたいな見た目の人がいっぱいいるのに、みんな流暢な日本語喋っている。しかも、家並みとか日本には見えない。意志の疎通ができるのはありがたいが、忘年会で泥酔している間に誘拐でもされたんだろうか?

 とりあえずは、倒れていた俺を介抱してくれたミシェルという男の家にやっかいになることになった。


 ○月✕日

 テレビがない!電話もない!ポケベルなんかももちろんない。車も電車も走っていなければ飛行機も飛んでいない。移動手段が馬って、何時代だよ。


 △月✕日

 今日、王様って名乗る人にあった。ここは日本でも、地球でもない、俺が住んでいた世界とは違う異世界だって言われた。なんとなくそうだろうなとは思っていたが、面と向かって言われると衝撃だった。しかも、これからの生活は全部王様が見てくれて、三食昼寝付き、働かなくていいって言われたけど、さすがにそれは断った。ただほど高いものはない。何を要求されるかわからないからな。


 ✕月○日

 やっぱり王様の提案は断って大正解だった。だって、いきなり王子との見合いをすすめてきたんだぜ。王女じゃなくて、王子。俺が女にでも見えてたんだろうか?

「俺は男だ!」って脱いで証明しようとしたら、ミシェルに凄い勢いで止められた。


 □月✕日

 ミシェルにプロポーズされた。

「俺は男だ」って言ったら、「俺も男だ」って返された。そんなの、見ればわかるっての。


 □月○日

 衝撃の事実!この世界は同性婚が当たり前らしい。


 □月△日

 どっかの誰かと結婚しなきゃならないんなら、ミシェルに決めた。王子は論外。無駄にキラキラしていて、美男子なのが鼻につく。

 男と結婚か……。考えたことなかったけど、ミシェル以外は無理だな。ミシェルは……まあ……なんとかなるか?


 △月△日

 ミシェルと結婚した。どっちが嫁でどっちが旦那だ?


 ○月△日

 どうやら、俺が嫁だったらしい。信じられないことに、俺の腹が膨らんできた。


 ✕月○日

 やばい!腹の中で何かが動いている。いつ俺の腹に子宮ができたのかわからんが、子供はすくすくと大きくなっているようだ。ミシェルが、俺の腹に手を当てると、ボヨンボヨン動きやがるから、こいつも自分の父親を把握してるんだろうな。

 それにしても……こいつはどこから生まれてくるつもりなんだろう?


 △月○日

 産んだ。

 死ぬかと思った。


 □月○日

 二人目ができた。

 まじか……。


 ✕月△日

 ギリギリ年子だった。この世界に学年って感覚があればだけどな。

 それにしても、母性って男にもあるんだな。父性?いや、母乳まで出るようになるんだから母性だよな。


 ○月✕日

 三人目もまたもや年子だ。ミシェルの野郎、少しは考えて仕込みやがれ!


 □月○日

 子供達は健やかに大きくなり、手もかからなくなってきて、自分の時間を作れるようになった。育児ばっかしてきたからな、さて何をしよう……。


 ✕月○日

 ミシェルも騎士団を退団して、二人で老後は農業でも……と思っていたら、俺は王都から離れられないらしい。あっちでの俺なんかただのサラリーマンで、他国に盗まれる知識も技術もないのにな。


 △月△日

 最近、とにかく怠い。頭痛も半端なく、食べたら吐くの繰り返しだ。ミシェルが心配するから、無理して平気な顔をしていたが、とうとう倒れてしまった。


 ○月△日

 ミシェルが死んだ。倒れた角材の下敷きだと。ふざけんな。


 ✕月✕日

 もうすぐミシェルに会えっかな。


 ★★★


「これで終わりだ。彼は、この後亡くなったんですか?」

「公には、そういうことになっているね」

「公?」


 ということは、亡くなっていない?


「そう。彼は忽然と姿を消したんだ。彼が五十八歳の時だ。当時は誘拐も視野に入れて極秘に捜索したんだけれど、それは否定されたよ」


 もしかして……元の世界に戻った?


「君に、この日記を貸してあげるよ。僕達はこれが読めないからね。面白いことが書いてあったら教えて欲しい」


 行方不明になる前の日記を読めば、帰れるヒントがあるかもしれない。


 戻れるとしたら、戻る?戻らない?


 僕は古い日記帳を手に、アーノルド殿下が帰った後もソファーに座ったまま動けなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る