第16話 両想いになりました

 カイルが腰に腕を回してから十分、まんじりとも動かない。最初は頭を撫でたり、肩を擦ったりしてたんだけど、カイルは寝てしまったの?というくらい今の体勢のまま動かない。強く抱きしめられている訳ではなく、多分僕がカイルの肩を押して引き離したら簡単に引き剥がせちゃう感じだ。


「カイル……起きてる?」

「……ああ。すまん、妄想が暴走してた。ハハ……幻聴まで聞こえるとか、鍛錬で頭を打った記憶はないんだがな」


 妄想?幻聴?


 僕の言ったことを幻聴だととらえているなら、ここはちゃんと自覚してもらわないとだ。


 僕は、カイルの右膝の上に腰を下ろした。


「カツキ」

「どんな妄想したの?」

「……カツキと両想いになって、結婚して老いて死ぬまで。子供は二人で、その子らも騎士になって、育児から離れたカツキと二人っきりで、新婚に戻ったように暮らすんだ。美味いものを食べ、旅行に行き、可愛いカツキを甘やかして生活し、最後はおまえを看取った次の日に死ぬんだ」


 逆に、十分でよくそこまで妄想できたな。


「いや、僕のがずっと若いから、看取るんなら僕がカイルをじゃないか?」

「駄目だ!心配で死んでいられない」


 なんだそれ?

 心配させれば生き返ってくれるんだろうか?

 それくらい、僕のことが好き?


「子供ができるか微妙だし、その前に今はそういう行為が男とできるか自信がないんだ。いざとなったら、全力で拒否っちゃうかもしれないし。だから、まずは体の関係はなしな感じでお付き合いから始めてもらえると……嬉しいかなって」

「また幻聴か?!」

「いや、幻聴がそんなに頻繁に聞こえるなら、デバンのとこに行って診てもらわないとだけど、幻聴じゃないから」

「……」


 その怪訝そうな顔、むかつく。なんで信じないかな?


「僕をカイルの恋人にする気はあるの?ないの?」

「結婚してパートナーになりたいと思っている」

「まずはお付き合いでしょ。僕だって、恋愛事態初めてだし、男の人となんて未知の世界なんだから」

「恋愛初めて……」

「そうだよ。キスだって、男とはカイルが初めてだったんだからな」

「……」


 感無量?

 どんな表情だよ、それ。嬉しいんだけれど信じられない。でもやっぱり嬉し過ぎて言葉がでない!みたいな。


「カツキは、男の俺と付き合えるのか?おまえの世界では、男同士の恋愛はマイナーなんだろ?」

「僕の周りではそうだったよね。僕が知らないだけだったかもしれないけれど、周りにはいなかったから。僕も男子にときめいたことなかったし。だから、カイルは特別なんだよ。カイル以外の男子にドキドキなんて絶対しないし、男だからとか、女だからとかじゃなくて、カイルだからドキドキすんだよ」


 あれ?これって告白してね?


 言ってしまってから、急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。確実に真っ赤になっている筈だ。


「なるほど……。じゃあ、幻聴でも妄想でもなく、カツキは俺が特別なんだな」

「そうだよ!特別な好きなんだって。……!!!」


 いきなり全力で抱きしめられ、僕は一瞬天国を見たかも……。

 悲鳴にならない声を漏らし、カイルの肩をバンバン叩く。


「馬鹿力!肋折れるから」

「悪い……。つい気持ちが昂ぶって」

「幻聴じゃないって理解できた?」

「理解した。じゃあ結婚を!」


 恋愛=即結婚の思考はやめてもらいたい。


「まだだって!まずはお付き合い!」

「お付き合い……つまりは恋人。カツキが俺の……。ウォーッ!!」


 いきなりの雄叫びに、耳がキーンとなる。


「カ……イ……ル」

「悪い!」

「どうした?!変出者か?!」


 カイルの叫び声を聞いて、ルカを先頭に同じ階に寝泊まりしている騎士達が僕の部屋に殺到し、鍵を破壊して部屋に雪崩込んできた。


「あ……」


 ベッドの上で膝上抱っこされ、しかも抱きしめられているとか……。この体勢見られるとか、やばくないか?


「団長、とうとうやってしまいましたか……」

「団長が犯罪はやばいっす」

「みんな、カツキを救出するんだ!全員いっきに飛びかかればなんとかなる!」

「かかれ!」


 ルカの合図で、一斉に騎士達がカイルに飛びかかってきた。


「ちょっ……待っ……ウェッ!」


 騎士達に押し潰されそうになり、カイルが一払いで騎士達を薙ぎ払った。


「阿呆共が!!」


 カイルの喝に、全員床に尻もちをついて動けなくなる。それくらい、カイルの殺気は半端なく、唯一ルカだけが立ち上がる。


「団長、カツキに片想いしているのはわかりますが、同意のない行為は犯罪です」

「何が犯罪だ!」


 性犯罪者扱いされ、カイルは不機嫌このうえなかった。


「それ、それですよ。カツキを拘束して、ベッドで何をしようとしていたんです。さっきの叫び声だってカツキの悲鳴じゃないんですか?かなり野太かったですが」

「いや、あれは僕じゃなくて、カイルだし……」

「団長が?」


 ルカが目を見開いて驚いた表情を見せるが、美青年はどんな表情をしていても美青年だった。


「そう。それにこれは襲われているんじゃなくて、合意だからね。僕とカイル……その……アレだから」

「アレ?」


 この状態で、わざわざ言う必要あるかな?察してよ。


 僕は、自分からカイルの首に手を回してしがみついてみる。


「具合でも悪いとか?……あっ!救護の途中?!」


 この世界って、同性恋愛がメジャーなんだよね?僕がカイルにしがみつくと救護って、恋人同士には到底見えないってこと?


「な訳ないでしょう!」


 僕はしっかりとカイルに抱きついた。なんなら、カイルの顎の下に頭がスッポリ収まるくらい。


「お付き合いをすることになったんです。だから、皆さんに心配をかけちゃって悪いんだけど、解散でお願いします」

「え……?」


 騎士達の視線が、カイルと僕を何度も往復する。最後にカイルに視線を向け、騎士達の頬がかなり引き攣る。


 え?なんで?


 恐る恐るカイルを見上げると、厳つい顔が恐ろしく歪んでおり……。多分、部下の前でニヤける顔を隠そうとしているが隠せていないようで、それが余計に怖恐ろしい顔になってしまっていた。


 ヤバイ……、面白くて可愛い。


「……まぁ、そういうことなら。君達、撤収!」


 騎士達が回れ右をしてバタバタと部屋を出て行き、壊された扉が軋んでプラプラしていた。


「あー……すみませんでした。では、ごゆっくり」


 ルカも部屋を出て行こうとし、カイルに引き止められた。


「マクスウェル副団長」

「はい!」


 ルカは踵を合わせて敬礼をする。


「さっきの……カツキが言ったことだが」

「はい!箝口令を敷きますか」

「逆だ!騎士達に広めろ。俺の婚約者だと」

「婚約者って?!」


 慌てる僕に、ルカが宥めるように言う。


「団長の恋人に手を出す馬鹿は騎士団にはいないけれど、他国にはそんな馬鹿もいるんです。団長の名前は他国にも鳴り響いているし、恋人であるカツキが団長の弱みになるって考える奴もいるんですよ」

「なるほど……、でも、それと婚約の関係は?!」

「ただの平民の恋人だと、何かあったときに対応し辛いんですよ。婚約者ならば婚姻関係者に準じる扱いができますから、誘拐とかされたとしても、正々堂々助けにいけます」


 誘拐される可能性があると?!

 カイルの恋人って、そんなに危険なポジションなの?!


「まぁ、それ以外にも理由はあるが」


 ああ!異世界人だから?ルカには言っていないから、そのことについては聞けないけれど。


「カツキ……、駄目だろうか?」


 いつもは眼光だけで人も殺せそうなカイルの頼りない目つきを見ちゃうと……、断れないじゃん!


「……わかった」


 カイルの顔がパッと笑顔になる。


 こうして僕、相川翔月(性別男)は、カイル・グリーンヒル(性別男)の婚約者になることが決定した。


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