第15話 恋愛感情込みで

 ちょっと落ち着こう、自分。クールダウンだよ。


 第一、初恋ってなんだ。僕だって恋愛の一つや二つ……。


 ないな。なかったな。


「女の子はみんな可愛くて好き」ってスタンスだったよね、幼稚園の時から。博愛主義だとばかり思っていたけれど、実は恋愛未経験者だったのか。


 驚愕の真実だよ。


 女の子はみんな可愛いし、柔らかいし、Hは気持ちいいし。だからみんな同じくらい好きで、都合が合えばデートしたりHしたりできる相手がいっぱいいればいいなって思っていたけど……。「みんな好きだし」は、みんな特別に好きじゃなかったんだ!

 ウワッ、そんなことにも気が付かずに、デートしたりHしたりしてたのか?!


 カイルを目の前にして、初めて自分が酷い奴だったんだと実感する。


「……カツキ?」


 百面相のように表情を変えていた僕を見て、カイルが心配そうに覗きこんでくる。


「いや……さ、ちょっと衝撃の真実に気がついちゃって」


 カイルは何がどうしたと聞いてくることもなく、ただ黙って僕が話すのを待っているようだった。


「カイルが聞きたい話じゃないと思うけど……」


 僕はそう前置きして、今までの女友達との関係について話しだした。カイルは言葉を挟むことなく、僕の話を聞いてくれた。


 友達の姉ちゃんに襲われた初体験や、それからの爛れた中学高校生活。大学に入ってからは、サークルやバイト、コンパで知り合う女の子と一夜だけだったり、友達の延長線上で数回寝たりしてたこと。

 女の子はみんな可愛いし、みんな平等に好きだと思っていた。だから、Hだけできればいいとか思ったこともなければ、騙すようなことをしてラブボに連れ込んだこともない。

 友達として遊ぶのがメインで、その後に誘われれば……という感じだった。

 男子に性欲があるように、女子にも性欲があるみたいだし、お互いに解消できればいいかなくらいにしか考えていなかったんだと告げた。


「性欲か……。確かに若い時は深刻な問題だよな」

「それに女子の中には、Hするとダイエットになるとか、ホルモンバランスが整って美肌に良いとか言う娘もいてさ、そういうののお手伝いくらいの軽いノリだったんだ」

「それは……今でも変わらないか?」


 せつなそうなカイルの表情に、僕は何度も首を横に振った。


「いや、もしこっちの世界で女の子とHできたとしても、もう誰でも良いとかは無理だよ。今考えるとさ、みんな好きだと思っていたけど、実は誰も好きじゃなかったんだなって気がついたんだよね」

「好きな奴ができたことがなかったということか?」


 カイルの問いに、僕は正直に頷く。


「だってさ、連絡が途絶えた娘とか、自分から連絡取ろうなんて考えなかったし、風の噂で彼氏できたとか聞いても、良かったねくらいの感想しかなかったもん。今だって、元の世界への戻り方とかわかんないけど、誰かに会う為になんとしてでも戻らないと……とか思えないんだよね」


 両親とかはさ、大学まで出して貰って途中で音信不通になって悪いなとは思うよ。でもさ、二人共仕事命人間で、小さい時からそんなに一緒にいた記憶もないし、同じ家にいても顔を合わせることが稀って環境だったから、僕がいなくなったことにいつ気がつくかなって、少し意地の悪い興味はある。

 下手したら、まだ気がついていなかったりして。


 まさかね。


「そうなのか?」

「うん。だから、そんなに焦ってないでしょ。帰る方法とか、特に探してないしさ。アーノルド殿下と週一で会ってるのも、過去の異世界人の情報を聞くというより、僕の時代の情報について聞かれているだけだし」

「じゃあ、カツキはずっとこっちにいるつもりだと考えていいのか?」


 カイルに手を握られ、嫌じゃないどころか、その大きさにホッとする。


「まぁ、不測の事態で引き戻されない限りね」

「そうか……。カツキには悪いが、安堵している自分がいる。情けないな。おまえのことを考えたら、帰れる方法を見つけてやらないといけないのに」


 シュンとしたカイルが大型犬みたいで可愛く見えるとか、すっごい厳つい顔をした犬だな。土佐犬かな?いや見た目からしたらドーベルマン?犬なら小型犬が好きなんだけど、ミニチュアダックスみたいな。


「そんなの気にすんなよ。僕があっちの世界にそんなにこだわってないのに。ただ、もし戻れるとしたら……」

「戻れるとしたら?」

「女の子達に謝らないといけないとは思うよ。そんで、Hなしの普通の友達に戻りたいって伝えたいかな」

「……そうか」


 僕は椅子から立ち上がり、ベッドに座っているカイルの前に立ち、その金色の短髪に手を置いた。少し硬めの髪の毛は若干ゴワゴワしていて、女の子達のサラサラで柔らかい手触りとは全然違う。でも、いつまでも撫でていたいと思うのは、こっちの髪の毛なんだよな。この感触が癖になりそうっていうか、なんだか楽しい。


 しばらく撫でていると、黙って頭を差し出していたカイルが、甘えるように僕の胸に頭をくっつけてきた。距離が近くなったから、後頭部を撫でていたら、なんとなく頭を抱きしめているような体勢になってしまった。


「……確かに、カツキのしたことは褒められたことじゃないし、それにより傷ついた人間もいるかもしれない」

「うん」

「俺も嫌だ。俺の大切なカツキを安売りするようなことはして欲しくない。たとえ相手が俺じゃないとしても、大事に大切にしてくれる奴と……。いや、悪い。今はそんな想像も無理だった」


 思わず漏れたカイルの殺気に、撫でていた手が止まる。


「そんな想像はしなくていいよ。僕、男は恋愛対象にならないから」

「そ……そうだよな」


 カイルの殺気が一瞬にして収まり、今度は悲愴感が半端なくなる。


「うん、そうだよ。だからさ、カイルは特別例外なんだよな」

「特別……例外……?」

「だってさ、カイル、どう見ても男じゃん?おっぱいないし、ゴツゴツしてデカイし。でもさ、カイルが俺みたいに他の人とって想像してみたら、すっごく嫌だった」

「想像したのか?」


 僕の顔を見上げたカイルに、カイルとルカのを想像したと言うと、カイルは情けないくらい嫌そうな表情を浮かべた。


「それは、絶対に有り得ないな。あいつとは属性が同じだから」

「属性……、いや大丈夫!説明しなくていいよ」


 多分、抱く方と抱かれる方みたいな話なんだと思うけど、詳しい話は今は聞きたくない。だって、聞いてしまったら、これからカイルに言おうとしていることが言えなくなっちゃいそうで。


「で!気がついたんだよ。今まで誰にも感じたことのない感情を、カイルには感じてるって。ぶっちゃけ、恋愛感情ってやつ」

「恋……愛……感情?」


 言葉が理解できないように、僕の言葉を繰り返すカイルは、正直今まで見たことがないくらい間抜け面をしていた。


「僕だって、こういう感情は初めて感じるから、これがそうかなんて断言はできないんだけどさ、会えなかったら凄く会いたくて苛々するし、友達している間に、他に恋人とか作られたら絶対に嫌だって思うわけ。最初はさ、未知の世界に放り出されて、初めて見たのがカイルだし、カイルに依存しないと生きていけないから、インプリンティングでカイルに執着するのかとも思ったんだ」

「インプリンティングってなんだ?」

「刷り込み現象、例えば……ヒヨコが卵から出てきて、初めて見た物を親だと思ってついて歩くみたいな?」

「ああ……理解した。それで、俺に対してはインプリンティングだったか?」


 僕は首を横に振った。


「今はさ、雑用だけど仕事もしているし、アーノルド殿下と話してお金を貰えたり、異世界人には給付金も出るって話も聞いたから、カイルにそこまで依存しなくても生きていけるってわかったよ。でも、僕はカイルの横で、いつでもカイルに会えるこの場所で生きていきたいって思ってる」

「恋愛感情……込みで?」

「……そうだね」


 カイルが僕の腰に腕を回してきた。





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