第14話 カイルを捕まえろ

 あれから一週間、アーノルド殿下が言うように、しばらく待ってみた。その間、カイルとの会話0。鍛錬をしているのを遠くから眺めたくらいだ。


「もう無理!」


 僕は調理場で洗い物をしている途中、我慢ならなくなってエプロンを脱ぎ捨てた。


「カツキ、どうした?」


 料理をしていた料理人が僕に声をかけくる。


「ごめん。ちょっと抜ける。戻ったら残りを洗うから、このままにしておいてもらえる?」

「そりゃいいけど、どこに行くんだよ」

「カイル……グリーンヒル団長のとこ!」


 調理場から食堂にぬけ、とりあえず団長執務室に向かった。


「カイル!」


 またもやノックと同時に部屋に飛び込んだ。


「カツキ、どうしたんだ?団長ならいないよ」


 団長執務室にいたのは副団長のルカで、書類を置きに来たということだ。どこにいるか聞くと、この時間は鍛錬場じゃないかと教えてもらい、一階の裏庭にある鍛錬場に走った。


 鍛錬場につくと、騎士達は数数名走り込みをしていたが、カイルはいなかった。


「おーい、グリーンヒル団長を知らないか」


 たまに話をする騎士を見つけ、僕は手を振って大声で尋ねた。


「さっきまで鍛錬していたから、シャワー室じゃないか?」


 シャワー室。同性婚のこの世界、当たり前だけどお風呂は個室だ。大浴場とか銭湯みたいなものはない。男湯とか、イメージ的に混浴だよね。ついでに言うと、寮もどんなに下っ端でも個室である。相部屋なんて、どんな間違いが起こるかわからないからかな。大部屋は、なんかいかがわしいパーティが起こりそうではないか。


 くだらないことを考えながら、鍛錬場の端にある建物に向かう。

 十個のシャワールームがあるのだが、使用中は二つだけだった。


「すみませーん。グリーンヒル団長いますかぁ!」

「団長ならさっき俺と入れ違いに出て行ったぜ」


 個室の中の一つから返事が返ってきた。


 ということは、カイルはどこに行ったのか?鍛錬が終わったら、執務室に戻ったんだろうか?


「どこに行ったか知りませんよね?」

「なんか、資料室に行くとか言ってたぜ」

「ありがとうございます!」


 それから資料室、図書室、談話室……騎士団詰め所を行ったり来たりした。

 そして、結局見つけることができずに、王都の巡回に行ったと聞き、調理場に戻って自分の仕事を終わらせてから、足取り重く自分の部屋に戻った。


「カツキ」

「カイル!」


 あんなに探していなかったカイルが、僕の部屋の前にいた。

 僕は、ガシッとカイルの腕にしがみついた。


「なんだ?どうした?」

「探してたんだ」

「何かあったのか?」

「何かないと会ったらいけないのかよ」

「いや、そんなことは全くもってないが。カツキ、食事はとったか?まだなら一緒に食べようかと、サンドイッチを作ってもらってきたんだが」

「食べる!一緒に食べる。僕の部屋に来て」


 カイルの手をグイグイ引っ張って、自分の部屋に引き入れると鍵を閉めた。


「カツキ?」

「座って!」


 カイルをグイグイ押してベッドの前まで連れてきて座らせると、自分はその前に椅子を運んできて座った。


「夕飯は?」

「話が先」


 今日一日、探して探して会えなかったストレスが爆発したのか、椅子をカイルに近付けて、膝と膝が当たるような距離でカイルのシャツをつかんで引き寄せた。


「あのさ、僕に言いたいことは?」

「え?……いや、別に」

「あるよね?一週間も僕のこと避けていたんだから。今日なんか、一日中カイルのこと探し回ったんだから。スマホないってマジ不便過ぎる」

「避けていた訳じゃ……」

「避けてたよね?!」


 しどろもどろになるカイルをさらに引き寄せる。僕の非力な力なんか振り解ける筈なのに、カイルは困った表情でされるがままだ。


「僕の経験人数聞いて引いたんでしょ。あっちでは彼女とか作るの面倒で、付き合った人数は0だったんだ。彼女いなきゃさ、一人にこだわる必要ないじゃん。女の子の友達多かったし、寂しい時とか誘われればHもしたよ。そのせいで経験人数だけは増えちゃっただけで、別に浮気性とかじゃないから」

「ああ……別にそんなこと考えてもいなかったが」

「じゃあ何?!何が気に入らなくて、僕のこと無視したのさ」


 過去は変えられないし、それについて文句を言われても、今更どうにもしようがないし、第一この世界に存在しないセフレ達のことをあーだこーだ言われてもね!

 もうね、開き直りだよ。開き直り!


「……耐えられなくて」

「は?」

「耐えられなかったんだ。俺も見たことのないエロいカツキを知ってる奴がいるってことが!」

「あ……あ、うん、ヤキモチ……みたいな感じかな?」

「カツキに何かを思った訳じゃない。ただ、もし目の前にカツキと関係のあった奴が現れたら、物理的に息の根を止めてしまいそうで」


 物理的って、そのまんま殺人だよね?


 模擬戦の時のカイルのバカみたいに強い姿を思い出すと、誰一人カイルに勝てる娘はいないだろう。いや、戦われても困るけれど。


「そんなこと、カイルはしないだろ?国民を守る騎士団団長なんだから」

「……しないけど、してしまいそうな自分がいたんだよ」


 カイルは眉間をグリグリと押しながら、「ハアッ……」と息を吐いた。

 その苦悶の表情に、思わずプッと吹き出してしまった。そうすると、何故だが笑いが止まらなくなる。


 なんだ、軽蔑されてたんじゃなかったのか。


「しょうがないじゃないか。他の奴がカツキに少し触れるだけでも殺気が隠せなくなるのに、俺も触れたことのないカツキの全てに触れた奴が四十人もいるなんて……。俺を大量殺人鬼にしたいのかよ」


 カイルは、ブツブツつぶやいている。どうやら、盛大なヤキモチをやいていたようだ。


「それで、カイルはどうしたいの?」

「どうしたい?!そりゃ……」


 カイルが顔をガバッと上げて、真っ赤になって口をパクパクしている。


 あ……聞き方間違えたかも。


 カイルのそのどす黒いまでに赤くなった顔を見て、何を考えているか察する。


「いやさ、彼女ら……あ、全員女子だからね。彼女らはこっちでは存在しないしさ、物理的にカイルが息の根を止められない訳で、そうしたらこの世界にいる俺に怒ったりするしかないのかなって。下手したら、友達でいることも嫌になったんじゃないかって」

「そんな訳ない!友達は……俺が求める関係性ではないが、それはおいおい……。もちろん!急かすつもりとかはなくて」


 しどろもどろ言うカイルを見ていると、カイルの気持ちがまだ自分に向かっているんだと実感できてホッとする。


 ……ホッとする?うん?僕は……カイルにまだ好かれていることに安堵したのか?


「じゃあ、僕にプロポーズした時と、気持ちは変わってない?」

「さらに強くなりこそすれ、変わりようがない。ただ、自分の中で昇華するのに時間がかかってだな」

「昇華……できた?」

「いや、全く」

「なんだよ、それ」


 さっきまでイライラしていたのに、なんか今は自然と笑いが溢れてくる。


 友達セフレとは、別に数ヶ月会わなくてもなんとも思わなかったし、いつの間にか連絡が途絶えた娘がいても、自分から行動して会おうなんて思ったことはなかった。

 それなのに、カイルのことは探し回ってしまうくらい、会えなくてイライラするくらいには執着してしまっているようだ。


 僕……、カイルが好きなのか?!

 それって、友愛?それとも恋愛?僕って、男もいけたの?!


 カイルとのアレやコレやを想像して……、さすがにそこに踏み込む勇気はまだ持てなかった。でも、他人と、例えばカイルとルカ(この時僕は、Hの時のスタイルだけではなく、恋愛をする上で男同士でも男役女役がいることを知らなかった)がからんでいる姿を想像すると、引っ剥がしたくなる衝動がこみ上げてくる。


 ……ということは、インプリンティングからさらに発展した感情が芽生えちゃった?

 ヤバイ!僕の初恋、まさかの男?!







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