第13話 カイルのお願い
「俺の願いは……、俺以外に『何でも言う事きく』とか言わないでくれってことかな」
「へ?」
てっきり恋人になってくれ的なことを言われると思っていた僕は、かなり拍子抜けして間抜け顔になってしまった。
もしそう言われたら、条件付きで考えなくもないかななんて……。いや、男に二言はないからしょうがなくだよ?!
カイルの裸を見てから、妙に意識して不自然に避けたりしちゃってたのに、カイルは怒ったり問い詰めたりしてこなかった。それでいて、ちゃんと気にかけてくれているのはわかるんだよ。もう、どんだけいい奴なんだよ!って話。
だからさ、この世界がBLな世界なら、僕だって一人で寂しく生きて行くのは嫌だし、郷に入っては郷に従えじゃないけれど、少しはこの世界の常識に擦り合わせてもいいのかなって。もちろん、いきなり性的なものを求められても無理だけど、カイルなら……というか、カイル以外は考えられないけれど、僕のペースに合わせてくれる気がして。
だから!
カイルがどうしてもって言うんなら、約束しちゃった訳だし、まずはプラトニックな感じで恋人になってもいいかな……なんて。
そんなことを考えて、かなり気張ってカイルの部屋の扉をノックしたのに、お願いが「自分以外には同じことを言わないで」とか、なんだよ、思わずズキュンときちゃったじゃん。
「言わないに決まってるじゃん。カイル以外のお願いなんかきくつもりないし、無理難題求められても困るもん」
「なら、いいんだが……」
「だから、今のお願いはノーカンな。ほら、他にはないの?」
会った初日に、いきなりプロポーズしてキスしてきたじゃんか!その勢いを今発揮すればいいんだよ。
「ほ……他?!」
なんでギョッとした顔をするかな?まさか、あれは本当にただの勢いで、時間がたたってよく知ってみたら僕なんかタイプじゃなかったとか?
「あるの?ないの?!僕にお願いしたいこと!」
「えっと……」
さっきまで闘争本能剥き出しで戦っていたのに、僕なんかに詰め寄られてモダモダしちゃう感じとか、もしわざとしてるんならかなりあざといと思うけど、これが天然なんだもんな。
カイルは挙動不審に視線を泳がせた後、僕の腕をガシッと掴んだ。
「じゃあ聞くが!」
「うん、どうぞ!」
「カツキの世界にいた時、恋人は何人いた?!ぶっちゃけ、どの程度の関係性だったんだろうか?!」
「へ?彼女は……あれだけど、関係性って……つまりは体のってことだよね」
いきなりなんだ?彼女はいたことないけれど、セフレは多数。一日だけなんてのもざらだったし、常に数人いたから……。
「三……四十人くらい?」
人数なんて数えていなかったし、だいたい一年十人くらい(多分、もっと多いかも)と考えて、本当は六十人は超えていると思うけれど、それでも控えめに言ってみた。
「四十……」
セフレの女子とかは、百人斬りとか言ってた娘もいたから、特別僕の経験人数が多いとは思えない。病気も妊娠も細心の注意をはらってたし、今のところ無傷なんだけど。
「カイル?」
驚愕に目を見開いているカイルを見て、こんなことならもっと少なく見積もって言えば良かったかって後悔する。だってさ、一人とか二人だと、なんかその相手に思い入れとかありそうで嫌かなって。何人が正解だった?!
「ハハ……そうか。カツキはやはり元の世界でもモテたのだな」
カイルは、ヨロヨロと立ち上がると、そのまま部屋の扉の方へ向かう。
「カイル、どこ行くんだよ」
「いや、ちょっと鍛錬に」
「こんな時間に?」
「ああ、カツキはもう休むといい。部屋の鍵は別にかけなくても問題ないから」
カイルは、一度も振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。
もしかして呆れられた?尻軽ヤリチンみたいに思われた?もちろん、チャラかった自覚はあるよ。でも、今は誰ともそういうことしてないし、こっちの世界で同じことをしようとも思わない。
女の子は可愛くてみんな好きだけれど、男は違うじゃん。
僕はしばらくカイルが出て行った扉を見つめていた。
★★★
あれから、カイルと顔を合わせることがなくなった。前はちょこちょこ執務室にお茶を運ぶように呼ばれていたのに、パタッと呼ばれなくなったし、食事の時間もかぶらない。部屋に帰っているのかすらも不明なくらい、僕が起きる時間にはもう部屋にはいないし、寝る時間になっても戻ってこなくなった。
「カツキ、なんか眉間の皺が凄いけど、どうかした?」
「殿下、アーノルド殿下の経験人数を聞いてもいいですか」
「藪から棒だね」
唐突に失礼な質問をしたにも関わらず、アーノルド殿下は怒ることなく指を折り始めた。
「八十七人」
「全員覚えてるんですか?」
人数にも驚いたが、全員を記憶しているのかと、そっちにも驚いた。
「そりゃそうでしょ。どうでもいい相手とはそういうことしないからね」
「まあそうですけど……。こっちの世界では、恋愛ってどんな感じですか?」
「どんなって?」
「付き合う人数とか、付き合い方?みたいな」
「……うーん、僕みたいなタイプもいれば、グリーンヒル騎士爵みたいなタイプもいるって感じかな。人それぞれだよ」
それは、あっちもこっちも同じか。でもまぁ、わざわざ名前を挙げるくらい、アーノルド殿下とカイルの恋愛の仕方は対極なんだろう。
ってことは、やっぱり引いたんだ。軽蔑された?!
「ちなみに、なんでそんなことが気になったか聞いてもいいかな」
なんとなく理解している癖に、アーノルド殿下はわざとらしい笑顔で聞いてくる。
「カイルに同じこと聞かれて答えたら、それからパッタリ顔を合わさなくなったんです。嫌われたんかなぁ」
僕は机に突っ伏して、大きなため息をつく。
「ハハハ、ということはカツキは僕タイプってことか」
アーノルド殿下に笑われ、僕はふくれっ面になりながら顔を起こす。
「殿下よりは少し少ないですよ。一緒にしないでください」
「少しって、君は僕より五歳若いじゃないか。それにしても、前に来た異世界人は、そんなに性に奔放な世界だとは言っていなかったようだよ。ほら、彼の経験人数は一人だそうだ。周りも似たりよったりだったと書いてある」
そんな知識、国の発展には役立たないよな。その異世界辞典、なんでもありだな。
「ちなみに、カツキの経験人数は?」
「三十人くらい?」
「本当は?」
「六十人は超えてる……かも」
アーノルド殿下はケラケラと笑い、辞典に「カツキの経験人数六十人超え」と書き足した。いやいや、それは書かなくていいから。
カイルもアーノルド殿下のように、笑い飛ばしてくれれば良かったのに。
「やっぱり、カイルみたいに真面目なタイプには、受け入れられなかったのかな」
「いや、多分違うな」
「え?」
アーノルド殿下は、アルカイックスマイルを浮かべながら僕の言葉を否定する。しかし、何が違うのかを教えてくれない。
「まあ、グリーンヒル騎士爵が自分の気持ちに整理をつけるまで待っていればいいさ」
「気持ちに整理って、何をどう整理するんですか?!」
やっぱりお友達でいましょう的な整理の仕方?!!
そんなことを考えたら、胃がギュッとつかまれたみたいに痛くなった。
僕って、凄くカイルに依存している気がする。この世界で見た初めての人間だからか、インプリンティングが成立してしまったようだ。
「とにかく待ってれば大丈夫だから」
今日は気持ちが落ち着かないだろうからと、アーノルド殿下はたいして会話をすることなく帰って行った。
それにしても、今日、アーノルド殿下が仕入れた異世界の知識は、僕の経験人数だけって……。
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