第12話 カイルのお願い…カイル視点

「カイル!勝ったらなんでも一つ言う事きくぞ。だから勝てーッ!」


 この声が俺を勝利に導いたと言っても過言ではない。


 闘技場に立った時、俺は一瞬でカツキのいる場所に目が行った。どこに座るか事前に聞いていた訳ではないが、沢山いる観衆の中、カツキを見つけるのは容易かった。珍しい黒髪ということもあるが、俺にはカツキが帽子をかぶっていても見つける自信がある。


 アーノルド殿下がカツキの元に行き、ベタベタしているのを見て、ホーク団長に向けるのよりも激しい殺気が溢れたのは、まぁしょうがないだろう。手を繋いで階段を下りてくるのを見た日には、王族とは言えアーノルド殿下に殺意すら芽生えたくらいだった。

 戦闘中も、カツキのことは視界の端に収めていた。アーノルド殿下の顔が、まるでキスするかのようにカツキに近付いた時、思わずホーク団長との戦闘中だということを忘れてそっちをガン見してしまった。

 そのせいで、ホーク団長の剣撃を受けるタイミングがズレ、力を流すことなく無理な体勢で受け止めてしまい、剣を弾かれた上に俺自身も弾き飛ばされるという醜態を演じてしまった。


 剣を落とした以上、本来ならば負け決定だ。これまでかと諦めかけた時、カツキの声が響いた。カツキの方を見ると、俺の目の色である赤い布を振り回しているじゃないか。あれは……カツキのジャケット。


 俺の色を身に着けて欲しいと思い、でもパッと見わかる場所に赤が入るのは、さすがに恋人でもないのにやり過ぎかと悩んだ結果、裏地が赤いジャケットをカツキにプレゼントしたんだ。ルカなんかはそれを見て苦笑していたが、カツキは喜んで着てくれた。そのジャケットを裏返して、俺の為に振ってくれているじゃないか?!


 それからの俺は、集中力が全方位に研ぎ澄まされたようになり、全てがスローモーションに見えた。ホーク団長の動きは赤ん坊よりもゆっくりで、観客の声の中からカツキの声だけがクリアに聞こえる。


 そこで俺の耳に響いたさっきの言葉。これは勝たない訳にはいかないだろう。


 そして勝利した俺は、カツキのいる観客席の真下まで歩いて行った。


「カツキ!」

「カイル!無茶苦茶かっこ良かった!凄いじゃん」


 興奮しているのか、カツキの頬は薔薇色になっており、誰にも見せたくないくらい可愛くて色っぽくて、すぐにでも連れ去りたかった。


「さっきの、男に二言はないな」

「え?」


 戸惑った表情のカツキに、俺はニヤリと笑いかける。


「何でも言う事をきいてくれるんだろ」

「あ……」

「楽しみだ。……何でもか」

「う……、一つだかんな!」


 何を想像しているのか、真っ赤になったカツキは本当に可愛い。いくらカツキが好きでも、カツキが嫌がることなんか要求する訳ないのに。でも、少しくらいは俺を意識して欲しいから、今すぐにはお願いを言わない。


 その後、模擬トーナメント戦は無事に終了し、諸々仕事が終わって部屋に戻れたのは夜半前だった。

 さすがに今日は疲れた。ホーク団長との試合で心身共に疲弊しまくった。


 シャワーを浴びてさっぱりし、部屋着に着替えてベッドに座った。頭を拭くのも億劫で、水滴が髪から床に落ちるのを見ながら、カツキのことを考える。


 カツキがいれば、俺って無敵なんじゃなかろうか?


 今までは恋愛に発展したこともなければ、恋愛したいと思っても特定の誰かというものが思いつかなかった。我武者羅に鍛錬し、騎士としてただお役目をこなす。それはそれで充実していたが、心が良い意味で揺れることはなかった。今は全てが充実し、カツキの存在がモチベーションアップに繋がっている気がする。


 もちろん、カツキから同じ感情を返して貰えるとは思っていない。女性との恋愛をしてきたカツキには、俺との恋愛を想像することですら、が恋愛する以上に難しいことだろうから。


 女性との恋愛……カツキはどこまで経験済みなんだろうか?恋人がいたこともあるんだろうか?人数は?


 気にしてもしょうがないことが気になってしょうがない。


 でも、女性が好きだと言っていたカツキだから、男性の恋人がいたことはないだろう。それなら、俺と同じだよな。それでいいじゃないか。


 ポタ……ポタ……と垂れる水滴を数えながら考え込んでいると、扉がノックされると同時にカツキがひょっこりと顔を出す。


「あ……、何だよ、床がビチョビチョじゃん」


 カツキは、部屋にツカツカと入ってくると、俺の肩にかかっていたタオルで俺の頭をガシガシと拭いた。


「おまえ、今日無茶苦茶凄かったよな。カイルが強いってのは聞いてたけど、あんな岩みたいな相手に力で打ち勝つなんて凄えよ」

「少しは俺のことかっこ良く見えたか?」

「そりゃそうだろ。『カイル様かっこ良い』って声援も上がってたからな」


 唇を尖らせてちょっと不機嫌そうに言っているが、まさかヤキモチをやいてくれたんじゃないよな?もしそうなら、一気にテンションが上がるんだが。


「別にカツキ以外になんて思われようがかまわない。カツキにだけかっこ良く見えればいいんだ」


 カツキは首まで赤くしながら、俺の頭をワシャワシャと拭く。


「おまえ、ぜってえモテるよな。ムキムキ筋肉で、強くてかっこいいだろ。しかも、強面渋メンなのに、言うことが甘いとか、ギャップ萌え狙いかよ」

「褒められているのか?ちょっと理解できない単語もあったが」

「褒めてるよ!」


 なんでプリプリ怒っているのか?でも頭を拭いてくれるのが嬉しくて、俺はされるがまま頭を前に出す。


「で、お願いは決めたのかよ」

「うーん、お願いかぁ……」


 チラリとカツキを見上げると、顔はいまだに赤いが、お願いに対する嫌悪感はなさそうだ。


「なんだって言えよ。男に二言はないんだろ」


 そう言われたら……。


 頭をちゃんと上げてカツキと視線を合わせると、カツキは緊張したような表情で俺の一言を待っていた。


 可愛いなぁ……。無理なお願いをされるとか思っているんだろうか?結婚しろとか、恋人になれとか言われたらどうするてもりなのか?もしくは、無理やり関係を強要したり……。カツキは、自分が魅力的だって意識が乏し過ぎる。もし、アーノルド殿下とかに同じことを言ったりしたら……。


 恋愛においては百戦錬磨のアーノルド殿下に言いくるめられて、☓☓☓される未来しか予想できない。駄目だ!もう少し危機感を持ってもらわないと。


「俺の願いは……、俺以外に『何でも言う事きく』とか言わないでくれってことかな」

「へ?」


 予想外なことを言われたようで、カツキは口をポカンと開いていた。

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