第11話 模擬トーナメント戦

「勝者、ルカ・マクスウェル!」


 闘技場に、野太い喝采が響いた。ルカは、爽やかな笑顔で剣を突き上げてそれに答えていた。流れる汗さえ薔薇の香りがしそうで、ルカの色気に卒倒する客さえ出る始末だった。


 騎士団一の色男にはファンクラブがあるみたいで、ルカの瞳の色である菫色のタオルを振って応援している一団がいた。他にも、色んな色のタオルを振っている人達がいて、自分のお気に入りの騎士の色のタオルを振るのが応援のスタイルらしかった。カイルならば金髪赤い瞳だから、赤いタオルに金糸の刺繍とか入れちゃう感じだろうか。

 赤いタオルはないけれど、ジャケットの裏地が赤かったなと、ジャケットの裏側を確認する。くすんだ赤というかエンジ色だけれど、よりカイルの髪色に似ているかもしれない。

 振るか振らないかはおいておいて、少し暑いし、ジャケットは脱いでおいてもいいかもしれない。


 僕はモソモソとジャケットを脱ぎ、膝の上に置いて観戦することにした。そうしている間に副団長達による模擬戦は終わり、最後の大トリ、団長達によるエキシビションマッチの案内が闘技場を沸かせた。


「こんな後ろにいたんだね」

「アーノルド殿下」


 一応、騎士達関係者の観覧席にいたのだが、その中でも後ろの方で見ていたら、王族の観覧席にいる筈のアーノルド殿下がやってきて僕の隣に腰を下ろした。


「もっと前で見ればいいのに。グリーンヒル騎士爵だって、カツキにしっかり勇姿を見てもらいたいんじゃないか?」

「はあ……。アーノルド殿下はこんなとこに来ていいんですか?」


 あまりに近くで見たら、頭が沸騰しそうだからいいんです。

 だって、模擬戦の格好って、黒のスキニーズボンみたいにピッタリしたズボンと白の薄手のシャツで、シャツなんか汗で透けて体に貼り付いて妙にセクシーなんだよ。他の騎士を見ても何も思わないけれど、カイルのを見たら……。


 いやいや、逆に慣れればいいのか?もしかしたら僕は筋肉フェチなのかもしれない。しかも、かなりマッスルなタイプ限定の。カイルが男だとか女だとか関係なく、あの筋肉にドキドキしているだけなのでは?

 沢山の筋肉を見れば、少しは慣れてカイルを見ても何も思わなくなるかもしれない。


「大丈夫、一応護衛はついているし、なにより周り騎士ばっかだからね、危ないこともないでしょ。前に行ってグリーンヒル騎士爵の応援をしようよ。席はあるからさ」

「……じゃあ」


 ジャケットを手にしたまま立ち上がると、アーノルド殿下が手を差し出してきた。


「何これ?」

「エスコートだよ。階段は危ないから」


 そんなに危なっかしいかな?と思った時、走って階段を駆け下りようとした子供にぶつかられ、よろけて落ちそうになる。


「危ない!」


 アーノルド殿下に腕をつかまれ、落下は免れた。


「すみません、ありがとうございます」

「ね、つかまって」

「はぁ……」


 落ちかけた手前、アーノルド殿下の手につかまって階段を降りた。闘技場には、カイルとホーク団長が出て来たところで、何故かカイルはホーク団長ではなく階段を降りる僕らをガン見しているような?


「見てるねぇ。手でも振ってみれば」

「いやいや、見てないでしょ」


 アーノルド殿下が手をヒラヒラと振るが、カイルはこちらを睨んだままだった。


「ほら、見てないですよ」

「そうかなぁ。ほら、一番前の席。よく見えるだろ」


 確かに、一番前の席だとカイルの表情までよく見えた。


 怒っている……訳ないよね。試合の前で闘志をかきたてているのかな。眉間の皺がやばいくらい深い。


「王都ではね、年に一回剣術大会があるんだけど、二人共連続五回優勝しているから殿堂入りしているんだ。知ってた?」


 カイル達が剣を構えて会場がドッとわいたからか、アーノルド殿下が僕の耳元に顔を寄せて言った。


「騎士の人達から少し聞きました。この模擬戦でも、カイルの一勝一引き分けだけれど、実力は僅差だとか」

「そうなんだよね。今回の対戦は、ホーク伯爵の宿願叶っての再戦なんだって。アハハ、ほら見なよ。ホーク伯爵、グリーンヒル騎士爵を殺しそうな勢いで斬りかかっているよ。あのバカ力で脳天から斬りつけられたら、いくら刃を潰した剣でも、頭蓋骨損傷で即死なんじゃないか?」


 僕はギョッとしてアーノルド殿下を見る。即死するかもとか、笑いながら言うことじゃないだろう。思わずアーノルド殿下に詰め寄ろうとしたら、アーノルド殿下が闘技場を見下ろして指さした。


「あ、ほら、危ない」

「え?!」


 正面を見ると、カイルが壁際まで吹っ飛んでいた。


「カイル!え?何?何があったの?!」


 まさか、あの大剣で薙ぎ払われたのか?


 席の前にある手すりから身を乗り出して、カイルの安否を確かめようとした。土煙りがもうもうと上がり、カイルがうずくまっているのはわかるが、カイルが怪我をしたのかどうかもわからない。


「ねえ、何があったの?!カイルはどうしたの!」

「大丈夫、直にくらってはいないから。ホーク団長の一撃をギリギリ剣で受け止めたけど、一瞬反応が遅れたせいで、グリーンヒル団長の剣が弾け飛んだんだ。その勢いでグリーンヒル団長が吹っ飛んだんだ」


 スタンディングで観戦していた隣にいた騎士が説明してくれた。


「ああ、じゃあ勝負あったかな」


 アーノルド殿下は、カイルの負けを確信したように言う。


 カイルが負ける?


 僕はジャケットを握りしめた。そしてそれを大きく振った。ノリはコンサートのタオル回しだ。


「ちょっと……カツキ、危ない」

「カイル、立てーッ!」


 声が枯れるのも厭わず叫ぶ。こんな大歓声の中、僕の声が届くとも思えなかったけれど、叫ばずにいられなかった。


 僕の声に反応したんじゃないんだろうけれど、カイルが俊敏に起き上がり、ホーク団長の剣撃を避けた。そのアクロバティックな動きに歓声が上がる。


 ホーク団長は休むことなく剣を振り回し、ブンブンという空気を斬る音に土煙りが舞う。カイルは紙一重の差でかわしながら、闘技場の中央に戻った。

 落ちていた剣を足で蹴り上げキャッチすると、間髪入れずにホーク団長に剣撃を打ち込む。ギンッと甲高い音が鳴り、剣と剣が重なり、いきなりの静寂が訪れた。今まではスピード勝負のように(それでも剣撃は重いが)斬りかかっていたのが、いきなり二人共一撃に最大級のパワーを込めたのだ。

 筋肉が盛り上がり、いきなりパンプアップした体は、二人を二倍にも三倍にも大きく見せた。


「凄いな、ホーク伯爵に均衡しているじゃないか。いや、グリーンヒル騎士爵の方が上から斬り込んでいるだけ押しているか?」


 カイル……無茶苦茶かっこ良い!


 興奮した僕は、隣りで解説し始めたアーノルド殿下の声など耳に入らず、カイルの姿だけがズームされたように視界に入り、脳内にカイルの勇姿が焼き付く。


「イケイケーッ!カイル!絶対に勝てる!」


 僕の声が響き、それと同時に二人に賭けた人々が思い思いに歓声を上げる。その中に、「カイル様、かっこ良い!!」という声もあり、ついモヤった僕は対抗するように叫んでしまう。


「カイル!勝ったらなんでも一つ言う事きくぞ。だから勝てーッ!」


 この歓声にかき消えるだろうと思った僕の声を拾ったのか、たまたまタイミングがあったからなのか、カイルの体がさらに大きく筋肉が盛り上がり、ホーク団長が押されたように片膝をついた。そして耐えきれなくなったのは、ホーク団長の大剣だった。


 大きく軋んでバキッと折れた。


 カイルの剣が、片膝をついたホーク団長の額に打ち落とされたかに見えた。

 最悪を想像して、会場が静まり返ったところ……。


「……まいった」


 ホーク団長の声が響き、カイルは剣を横にはらい鞘にしまった。カイルの剣は、ホーク団長の額一ミリ手前で止められていたらしく、立ち上がったホーク団長の顔には傷はついていなかった。

 ホーク団長がカイルの手を高々と上に上げ、「勝者、カイル・グリーンヒル第三騎士団団長」という声と共に大歓声が響き渡る。


「やった!カイルの勝ちだ!」

「あーあ、いいのかねぇ。何をお願いされることやら」


 アーノルド殿下の呆れたような言葉は聞こえず、僕はジャケットを振り回して飛び跳ねていた。







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