第9話 正しい保健体育
「本当かい?!」
喜々とした表情のアーノルド殿下と、絶望の縁から蹴り落とされたような表情のカイルを見て、僕は言葉が足りなかったことを理解した。
「でも、スキマ時間にするアルバイト的なやつです」
「スキマ時間?」
「はい。住まいは今のまま、騎士団の雑用係も続けます。それで、アーノルド殿下の空いた時間と、僕の休日が重なった時だけ、殿下の話し相手になります。なんで、お給料は時給でお願いします」
異世界研究をしているアーノルド殿下ならば、元に戻る手段を知っているかもしれないし、知らなくても何かヒントになることがわかるかもしれない。
何より、ただお喋りするだけで美味しいお菓子も食べられて、お小遣いまで貰えるなんて、まるで女子達がしていたパパ活みたいだ。こんな美味しいアルバイトないよね。
「君の休日をいつも独占できるってことかい?なんか、恋人みたいで嬉しいな」
麗しい顔で、けっこうこの人意地悪だな。僕を口説いているというより、カイルの反応を楽しんでいるようにしか見えない。なんとなくだけど、アーノルド殿下にとって、恋愛はさほど重要視されることではないように思えた。
他人に束縛されるより、自分の好きなように生きたいタイプだよな。疑似恋愛だけ楽しんで、本当の恋人にならないように一線を引いていた今までの僕みたい。
だから、異世界人としての僕に興味はあっても、自分との結婚を匂わせても断定しなかったし、最終的にはこの国の貴族と結婚すればいいみたいな言い方してたしね。
「残念ながら、男性と恋人気分を楽しむ趣味はないんだよね。殿下もうちの世界の研究をしてるんなら知ってますよね」
「まぁね。おかしな世界だよね。異性が恋愛対象になるなんてさ」
それは僕だってこっちの世界のことはそう思っているけど、こっちでは僕がマイノリティだからわざわざ言わない。
「カツキに質問なんだが、異性でどうやって子供ができるんだ?やっぱり神頼みか?」
「え?僕の世界じゃ、男女じゃないと子供はできないよ。男が女のお腹の中に精子を入れて、女は受精した卵子をお腹で育てるんだ。十ヶ月たったら赤ちゃんが生まれるけど……、こっちは違うの?」
キョトンとした表情のカイルを見る限り、こちらの出産方法は違うようだ。まさか本当に神頼み?じゃなかったら、キスで妊娠するとか?!異世界怖ッ!!
「妊娠のメカニズムはいまだ不明だ。親になる準備ができると、神が夫婦の片方に赤ん坊を授けると言われている」
ヤバイ……深く考えるとかなり怖い。男の腹からも赤ん坊が生まれるってことだろ?男は出産の痛みに耐えられないって聞くし……。
「だから、神頼み……。ちなみに、うちの世界では僕の知る限り男は妊娠しないよ。僕も妊娠出産できる体の作りしてないし」
「ということは、カツキはセメということか?グリーンヒル騎士爵、まさかと思うが、君はウケではないよな?」
セメとかウケとか僕はあまり詳しくないけど、BLとかGLの隠語なんじゃなかったかな。この世界でも、同じ意味なんだとしたら、妊娠する方がウケ……。僕は体の作り的に妊娠は不可能だから、僕とカイルだと僕が夫でカイルが嫁的な感じになっちゃうわけ?
このゴリゴリマッチョで厳ついのが嫁?
カイルがエプロン姿で「ご飯にする?お風呂にする?それともあ・た・し?」とウィンクする姿が脳内に現れ、あまりの不気味さに鳥肌が立つ。いや、勝手に想像しといてごめん。
「ウケではないと思うが、カツキが求めるならば努力はしたいと思う」
「求めないから、努力もしなくていいよ」
僕のツッコミに傷ついた表情になるカイルだけど、ここでそんな決意をされても困る。
「僕も残念ながらセメなんだよね。ウケは性に合わないだろうなぁ」
アーノルド殿下もシレッと言っているが、この会話ってありなのか?つまりは自分の性的趣向を暴露していることにならないのかな?
「……正直、殿下がどっちでも興味ないです」
「酷いなぁ。さてと、僕はそろそろ時間だから行くね。空いた時間にケーキ持参で遊びに行くから、アルバイトの件はその時につめようか。そうだ、七十年前に来た異世界人だけどね、ちゃんとこっちの世界に適応して子供を産んだよ」
「え?」
アーノルド殿下は、最後に爆弾発言を残して部屋を出て行った。
「そういえば、異世界人には孫がいたな」
「そういえば、そんな話を聞いたね」
でもまさか、異世界人が子供を……って、じゃあさっきのセメだのウケだのの会話はなんだったんだよ。ただ、カイルの性的趣向(アーノルド殿下もだけど)を聞いただけじゃんか!
★★★
結局、一週間に一回、午前中の三時間だけアーノルド殿下が騎士団詰め所に来ることで話はまとまった。
王城に出向かなくて良いのかって聞いたら、下手に護衛をつけたら要人だってバラしているようなものだし、カイルの休みが重なった時だけ、カイルに連れて来て貰えば良いと言われた。
アーノルド殿下は、騎士団顧問という肩書きを勝手に作り、カイルとの面談という体を装いやってきていた。
「へえ……前の異世界人が来たのが七十年前だけど、カツキとその人だと三十歳くらいしか違わないんだ」
「そうだね。その人が昭和生まれでしょ?僕は平成生まれだからね。ちなみに今は令和」
「王が三人変わったってことか」
「そうそう。昭和は六十四年、同じ年が平成元年、平成は三十一年まで、同じ年が令和元年」
「ややこしいな」
「はーい、ここは試験に出ますよ。蛍光ペンでチェックですよ」
僕は高校の時の先生の声真似をしながら、ケラケラと一人で笑う。けっこう似ているんだけれど、それを共有できる人がいないのが残念だ。
「蛍光ペンってなんだい?」
「光るインクが入ったペンだよ」
「インクが光るのか?」
「どうやって作るのとか聞かないでね。テレビもスマホも使うけど、作れって言われても無理だから。原理も知らないし」
「そんなものかい?」
「じゃあ、アーノルド殿下はその洋服、糸を作るところから作れる?誰にも聞かないで」
「無理だね」
アーノルド殿下は納得してくれたようだ。
「だからさ、僕があっちの世界のことを話したからって、こっちの世界の役に立つことは何一つないんだけどな」
「そうかもしれないが、僕の好奇心は満たされるよ」
アーノルド殿下は輝かしい笑顔を浮かべて言う。たいていの男性なら、この笑顔にポーッと骨抜きになるんだろうけれど、残念ながら僕は男にトキメク趣味はない。
うん、ない。ない筈だ。あれはトキメキじゃなくて……、そう!感動。彫刻とか見て感じる(芸術に興味を持ったことはないけど)アレだ!
思わず赤らむ顔をパタパタと扇ぎながら、さっきのことを思い出してしまう。
「暑いのかい?」
「ああ、うん。少しね」
一時間程前、アーノルド殿下が来たことを知らせる為に、カイルの執務室を訪れたんだ。いつもカイルの部屋にお茶などを運ぶ時、おざなりのノックですぐにドアを開けていたんだけれど、今回もノックとほぼ同時にドアを開けちゃったんだよね。
ドアを開けた途端目に入ってきたのは、裸のカイルの逞しい背中だった。
いつもならば、朝の鍛錬の後はシャワー室で着替えるんだけれど、今日はたまたま着替えを持って行くのを忘れたらしくて、シャワー室から裸で出てきたところに、僕が運悪くドアを開けてしまったんだ。かろうじてタオルは腰に巻いていたけれど、ほぼ全裸だよ全裸。
その筋肉の標本のような鍛え抜かれた体、見せる為の筋肉じゃなくて、戦う為の筋肉で、傷とかも多いんだけど、なんだかやたらとセクシーに思えてドキッとしたんだ。男の体なのにだよ。
自分でも気が付かなかったけど、筋肉フェチな性癖でもあったのか?って疑うくらい、心臓がバクバクして、カイルの顔を見たら爆発しちゃいそうだったから、「ごめん!」とだけ叫んでアーノルド殿下が待つ部屋に逃げ込んだ。
で、今。
カイルの裸を思い出して体温が上がる僕……、え?新しい扉が開いちゃった?!
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