第8話 王子との面談…カイル視点

 カツキが王城に呼ばれた。いつかは呼び出しを受けるとは思っていたが、一ヶ月も放置だったからかなり気が緩んでいた。


 この年まで独り身で、恋愛や結婚に憧れはあったが、自分には縁遠いことだと諦めもあった。そんな俺が、毎日好きな奴と顔を合わせて会話をする。しかも、相手も俺を怖がることなく懐いてくれていて、それが恋愛感情じゃないとしても、俺は十分幸せだったんだ。

 朝起きたら「おはよう」と挨拶をし、仕事が終わったら「お疲れ様」とねぎらってくれる。疑似家庭のような今の状況に満足し、たまに聞こえるカツキの部屋の生活音にドギマギする毎日。


 それが、覆るかもしれないなんて……。


 カツキを呼び出したのは、第二王子であるアーノルド殿下だ。彼は王族でありながら研究者としての性質が強く、異世界研究の有識者だ。研究を邪魔されるのを嫌い、結婚もしないし婚約者も作らないと常々言っており、各国に恋人が数人いるという噂もある。

 王族である以上に、アーノルド殿下の見た目ならば、全国に恋人が一人以上いると言っても誰もが信じることだろう。


 そんなアーノルド殿下が、わざわざ研究を切り上げて帰国した。カツキに会う為にだ。


 実際に間近で見たアーノルド殿下は、人間とは思えないくらい見目麗しい人物だった。王族で未婚の王子は彼だけだ。しかも、異世界研究に人生を捧げるくらいの異世界好きならば、カツキを娶りたいと考えているに違いない。カツキは異世界人なうえにこんなに愛らしいんだから。


 しかも、カツキが自立して生活したいというから見守っていたのだが、苦労人のカツキに騎士団の雑用係のような仕事をさせていたとか有り得ないよな。もっと簡単な仕事を割り振れば良かった。俺専属のお茶くみとか、俺専属の……。


 カツキにマントを羽織らせて貰っている自分を想像して、鼻血が出るかと思った。


 いやいや、今はそれどころじゃない。カツキの今までの苦労を思い苦悩している間に話は進み、アーノルド殿下がとんでもない質問をカツキにしやがった。


「なるほど……。カツキはグリーンヒル騎士爵の求婚を受けているのか。それで、返答は?」

「返答って……」


 この王子!何を聞いてくれちゃってるんだ?!カツキは異性恋愛する世界から来た異世界人だぞ。いきなり俺に最終宣告を告げさせるつもりか?!俺をスッパリふらせて、王家がカツキを囲うつもりだな!


 不敬だのなんだのいう意識も吹っ飛び、俺はアーノルド殿下を殺気を込めた視線で睨みつけた。どんな悪党もすくみ上がる俺の一睨みを受け、アーノルド殿下は一瞬唇の端がひきつったが、さすが王族というべきかアルカイックスマイルは崩さずにカツキに視線を移した。


「それって、今ここで話すことじゃないですよね」


 カツキは、キリッと表情を引き締めてアーノルド殿下に向き合っていた。


「そうかい?異世界人の動向は、うちの国としても把握しておかなければならない重要事項だよ。他国に奪われない為にもね」


 確かに……。俺にとってはただの可愛らしい男子でしかないカツキだが、七十年ぶりに現れた異世界人というだけで、その利用価値から手に入れたいと無謀なことを企む奴もいるかもしれない。


「奪われはしない。カツキは俺が守ります」

「まあ、君なら守れるだろうし、騎士団寮にいる限り、騎士団全員がカツキの護衛みたいなものだから、王城にいるくらい安全だとは思うよ。でも、君がカツキにふられた後は?誰がカツキを守るのさ」


 ふられた後……想像もしたくないが、そんなことで態度を変えるような狭小な男だなんて思われたくもない。


「例えば、君をふった後に、カツキに平民で腕っぷしも弱い優しいだけの恋人ができたら?それでも、グリーンヒル騎士爵はカツキを守り続けるのかい?」

「……守ります。俺は騎士だから」


 せっかくカツキが俺の手を労ってくれたのに、手のひらに穴が開くくらい拳を握り締めてしまった。


「カイル!血が垂れてる!手を開いて」


 カツキは、シャツについていたリボンを解くと、俺の手を開かせて巻き付けた。


「僕がこの世界で恋愛することはまずないだろうし、もしあったとしたらそれはカイルしかいないと思うよ。カイル以上に優しい人間なんか知らないし、かっこ良いのにたまに可愛いとか、ギャップ萌え半端ないじゃん。それに恋愛とかでスレてないとことか、たまに乙女かなって思わなくもないし。いや、見た目はゴリゴリの漢なんだけどさ」

「それは……」


 恋愛するなら俺しかいないとまで言われて、俺は感情のコントロールができずに思わず真っ赤になってしまう。


「つまり、カツキはグリーンヒル騎士爵の求婚を受ける方面で考えていると?」

「いや、それは断定できないというか……」

「なるほど、カツキは男たらしな一面があるようだ。しかし、これは冗談ではなく、異世界人としてこの世界に来たからには、カツキには我が国の発展に貢献して貰いたいということが一つと、なるべく早くに我が国の貴族と婚姻を結び、国の庇護下に入って欲しい。そうでなければ、守りきれない事態がおこる可能性もあるんだ」


 アーノルド殿下は、今までこの世界にやってきた異世界人について話し出し、彼らがいかにその知識を役立ててきたのか、またそれゆえに他国に狙われて攫われた異世界人もいたという事実、その異世界人の悲惨な末路についても話してくれた。


 カツキがそんな目にあったら……。


 目の前が真っ赤に染まるくらいの憤りに目眩がした。


「グリーンヒル騎士爵、カツキが怯えるからその殺気は抑えるんだ。今はそこまで無謀なことをする国はないだろうが、何があるかはわからない。だから、婚姻によりカツキの安全を確保する必要があることは理解できただろうか?」

「しかし……」

「まあ、まだカツキの存在はどこの国にも知られていないし、うちの国でも上層部しか知らない。だから、今すぐにという話じゃないにしろ、カツキの存在が公になったら、早急な婚姻を考える必要があることは理解して欲しい。あと、ここからが本題なんだが、異世界研究発展の為にも、カツキには僕の助手になって欲しいんだ」

「そんな、大して役にはたてないですよ。それに、僕には騎士団の雑用係って仕事もありますし」

「いや、君と君の世界の話をするだけでいいんだ。こうして、お茶を飲みケーキを食べながらできる仕事だ。王城に君の部屋も用意するし、給与も今の数十倍出せるよ。もちろん、そのまま王城を終の棲家にしてくれてもかまわない」


 それは、カツキを囲い込むつもり満々の提案ではないだろうか?!


 しかし、カツキが国単位の悪事に巻き込まれた時、たかだか騎士団団長である自分が守りきれるとも思えない。もちろん、この身を挺してカツキを奪いにくる悪漢など薙ぎ払う所存ではあるが、俺が一日中一緒にいられる訳ではない。そこを狙われたら……。

 この際、騎士団は除隊してカツキの護衛騎士になるか……。いや、しかしいくら貯蓄があるとはいえ、無収入で死ぬまでカツキを養えるだろうか?貧しい思いなど、カツキにさせる訳にはいかないしな。


 俺が悶々と考えていると、カツキのあっけらかんとした声が響いた。


「いいですよ」







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