第7話 王子との面談

「やあ、待たせてしまったかな」


 究極の美貌が口を開いて出た声は低く響き、美形は声帯まで麗しいんだなと感心する。


「アーノルド殿下」


 カイルが立ち上がり礼をとろうとすると、アーノルド殿下は手を振ってカイルを制して自分も席についた。


 プラチナブロンドのキラキラした髪に、黄金に近いアンバーの瞳、切れ長の目元には色気が漂い、高くて整った鼻筋に弧を描く柔和な口元。完璧な美貌に、さらにはモデルばりの高身長に引き締まった体つき。カイルがまさに漢という見た目だとすると、アーノルド殿下は中性的なイメージで、トイレに行かない人種だと言われても納得できてしまうかもしれない。


「君がカツキ・アイカワだね?」

「はい。相川翔月です」


 侍従がアーノルド殿下にもお茶をサーブし、僕達にもおかわりのお茶をいれてくれる。


「僕はアーノルド・ハング。この国の第二王子だ。まず、君に質問があるんだけれど、いいかな?」

「はい、何でしょう」


 背筋をビシッと伸ばして、緊張した面持ちでアーノルド殿下に顔を向けたが、アーノルド殿下はクスクス笑いながらハンカチを差し出してきた。


「いや、そんなに緊張しなくていい。まずは口を拭こうか」

「口?」


 カイルが横から自分のハンカチを出して僕の口元を拭った。


「ついてる」

「あ……」


 いくら久しぶりの甘味だからといって、子供じゃないんだから口の周りを汚して食べるとか恥ずかし過ぎる。


 真っ赤に顔を染めた僕は、カイルの手からハンカチを受け取り自分で拭くが、うまく拭き取れなかったようで、結局カイルにハンカチを奪われて口の周りを拭き取られてしまう。


 そのやり取りを見ていたアーノルド殿下は、興味深そうにカイルを眺めた。


「すみません。久しぶりのケーキでテンションが上がっちゃって」

「いいよ、なんならお土産で持って帰るといい。それで、カツキ、君の住所と郵便番号、あと電話番号を書いてくれないか」


 アーノルド殿下が紙をテーブルに出した。


「あの……、僕、ここの文字は書けないんですけれど」

「うん、君の国の言葉で書いてくれてかまわない」


 言われたように、自分のアパートの住所に郵便番号、スマホの電話番号を書いた。


「……フム、これらの番号、桁は合っているかい?」


 アーノルド殿下は、数字は認識できているようで、郵便番号とスマホの電話番号を指差して聞いてきた。


「はい。郵便番号は七桁です。電話番号は、自宅じゃなくてスマホだから十一桁だし、間違ってないですよ」

「郵便番号は五桁、電話番号は十桁だと書いてあったが……」


 アーノルド殿下は、どこからか書物を取り出し、中を確認し始めた。


「ああ、それは昔ですね。僕の生まれる前ですよ」

「ちなみに、カツキの生年月日は?」

「2004年2月14日です。バレンタイン生まれだから、チョコが好きなのかもしれません」

「バレンタイン……ああ、確かに2月14日と書いてある。君が異世界人なのは間違いないようだ」


 アーノルド殿下が持っているのは、どうやら僕の世界のことが書いてある辞典らしい。


「あの……聞いていいですか?」


 アーノルド殿下は辞典を閉じ、「もちろん」と頷いた。


「僕もなんでここに来ちゃったのかからないんですけど、僕の世界があって、この世界があるってことは、異世界って沢山ある可能性がありますよね?」

「かもしれないね。でも、うちの国に落ちてくる異世界人は、黒髪黒目の日本人という人種限定なんだ」

「……日本人限定。うちの国ということは、他の国は違う?」

「カツキは賢いね。そうだよ、それを調べに色んな国に遊学したが、異世界人に対することは、国のトップシークレットでね、なかなか調べるのは難しかったが、人種が違うということだけはわかったよ。ちなみに、カツキが知っている君の世界の国をあげてみてくれないか?」

「アメリカ、中国、フランス、韓国……」


 思い浮かぶままに国名を上げていくと、アーノルド殿下は何度も頷いた。どうやら、僕のあげた国の人が他国に異世界人として存在していたようだ。


「異世界人がトップシークレットだっていうのは、うちの国でもでしょうか?」

「そうだね。何せ、異世界人はこの世界にない知識を持っているから、他国に奪われる訳にはいかないんだ」


 知識?ただの大学生の僕に知識なんかないけど?


 ポヤンとした僕に対して、カイルの表情は固く強張る。


「それは……王家がカツキを囲うという意味でしょうか?」


 囲う?囲う……!もしかして、お妾さんを囲う的な意味?!


 僕の頭の中に、脂ギッシュなおじさんに無理やり手籠めにされる映像が浮かび上がる。いや、この美形の王子の親である王ならば、ギットギトのおじさんではないんだろうけれど、男ってだけで無理だよ。


 それなら、まだカイルのが許せる。いや、男だって意味では嫌なんだけれど、カイルには僕に対する愛情があるのはわかるからね。絶対に僕が嫌なことはしない筈!……だよね?


「まあ、カツキがそれを許容できるのならば、それもアリだね」

「無理!無理です。僕はただの大学生で、しかも文系だからこの世界に役立つ知識なんかないから」

「それは、これから話をしないとわからないよ。君達の常識が、こちらの文化を発展させるヒントになることもあるし。それに、君が異世界人だとバレると、他国が誘拐を目論むかもしれない。そんな君には王家の後ろ盾が必要だし、ここにいれば生活は全て面倒を見るし、毎日ケーキも食べられるよ」


 いやいや、ケーキは好きでも、それに釣られる程子供に見えたんだろうか?


「カツキ、ケーキなら俺が毎日食べさせてやれる!」


 だから、そこじゃないよ?


 カイルまで僕をケーキで釣ろうとするとは……。


「僕はド庶民なんで、贅沢な暮らしは性に合わないし、一応二十歳で成人もしてるから、自分の生活くらい自分でみれます(あっちの世界では、親に養ってもらってたけどさ)」

「ほう。では、カツキは学生でありながら自活していたのか」

「まあ、バイトは掛け持ちしてましたね」


 遊び代を稼ぐ為にバイトをしていたのは本当だ。食費は自分で稼いでいたから、嘘はついていない……と思い込むことにする。


「……苦学生というやつか。苦労したのだな」


 その辞典に書いてある時代の苦学生と僕は、全くもって一致しないだろうが、曖昧に頷いておく。


「苦労したのか……。なんてことだ」


 カイルの表情が傷ましそうに歪み、手が白くなるくらい拳を握り締めている様子を目にし、とんでもない罪悪感に駆られる。


 学費と家賃は親持ちだし、大学も行かないでバイトしてたのは楽しく遊びたかったからだし、なんなら貯金も増えたくらいで、楽しい大学生活を送っていたと言っても過言ではない。


「いや、それが普通だったから。そんなことより、僕は王家に囲われることなく、平凡に庶民として生きていきたいです!カイルには迷惑かけちゃってるのはわかっているけど、今の暮らしにやっと慣れたし、この環境を変えたくない」

「カツキ……。俺はもっと頼って欲しい。なんなら、すぐに嫁に来て欲しいくらいなんだ。でも、おまえの意志は尊重したいから、今は見守るしかできなくて……」


 なんか、漢泣きしそうな雰囲気なんだけど?!


 僕は固く握り締めていたカイルの拳に手を重ねた。


「カイルには感謝してるんだよ?ほら、手を開いて。爪が食い込んで痕がついてるじゃないか」

「なるほど……。カツキはグリーンヒル騎士爵の求婚を受けているのか。それで、返答は?」

「返答って……」


 いくらこっちの生活に馴染んできたところだと言っても、簡単に性的趣向が変わる訳じゃない。

 ただ、カイルから恋愛対象として見られることに嫌悪感はない。最初は暴走したカイルだったけれど、あれからは節度を持って接してくれたし、カイルから向けられる好意は照れくさいだけで、僕にだけ見せてくれる表情とか態度とか、可愛いとすら思うこともあって……。


 でもぶっちゃけ、セックスはできる気がしない!


 こね場合の返答って、YESかNO……どっちだよ?!

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