第6話 新生活
異世界に来てから一ヶ月、あちらの世界では失踪者扱いなんだろうなって思いながら、特に帰る術を探すわけでもなく、こっちの世界で生活基盤を築きつつあった。
僕を突き落としたアイちゃんだけは事実を知っている訳だけど、きっと彼女が本当のことを言っても信じてもらえないだろうし、犯罪者になっちゃうようなことをわざわざ言うとも思えない。被害者である僕が忽然と消えたんだから、ある意味完全犯罪だよな。
こっちに来てからは、本当にカイルにはお世話になりっぱなしで、住まいは騎士団の寮で、しかもカイルの隣の部屋を無料で借りている。最初はさ、家を買うから一緒に住もうってカイルに言われたんだけれど、さすがにそれは断った。
ちょっと重過ぎるじゃん。
でも、この世界を知らない人間が一人で暮らしていけるほど、王都の治安は良くないらしいんだよね。騎士団団長が言うんだから、間違いはないと思う。それで、騎士団の寮ならば空き部屋があるからって言われて、それがカイルの隣の部屋だったわけだ。
「カツキ、洗い物が終わったら、そこにまかないがあるから食べてね」
「はーい」
僕はせっせと洗い物を終わらせ、エプロンの裾で手を拭いた。
異世界から来たって言ってもさ、何かチート能力が発動するわけでもないし、こっちで役立つ知識を持っているわけでもない。言葉はわかるけれど、文字が違うとわかった時は驚愕したね。つまり、事務とかの仕事もできないってことだ。
腕力にも自信はないから、力仕事はまず無理だった。剣も使えないから騎士も無理。
で、見つけた仕事が騎士団寮の雑用係。共用部分の掃除や、調理場での洗い物、洗濯物の回収等等。
ちょっと困るのは同性恋愛の世界だから、男にアピールされること。それも、カイルの関係者ってことになっているから、あからさまに誘われることはない。それ以外は、まあうまくやっていると思う。
「カツキ、ちょっと今いいか?」
次は掃除でもしようかと、雑巾と箒を片手に廊下をガチャガチャと歩いていた時、カイルに呼び止められた。
「うん、なんかやることある?」
「急で悪いけれど、王城から呼び出されたんだ」
「王城?凄いじゃん。カイル、王城なんか出入りできるの?そんで、支度の手伝いとか?」
「いや、俺もついて行くけど、カツキが呼ばれてるんだよ」
「僕?!」
王城って、王様がいる場所だよね。
「ほら、カツキのこと報告はしたから、話が聞きたいらしい。久しぶりの異世界人だからな」
「なんか尋問とかされちゃう系?」
「そんな訳ないだろ。第二王子は、異世界について研究しているからな。外国に遊学していたのが、つい先日帰国なさったのも、カツキの報告を受けたからだろうな」
そう、実は異世界人は僕だけじゃなかったんだ。といっても、現在、この国にいる異世界人は僕だけだし、前に現れたのは七十年も前のことらしいけれど。
その人がどうなったか聞いたら、こっちの世界で結婚して(つまりは同性婚)、既に天寿を全うしたらしい。孫はいるらしいが、そんなんすでにこっちの人だから、同郷という意識もわかないだろう。
それでも、いつかは話を聞きたいとは思っている。何か帰る手がかりがあるかもしれないから。
「僕、ちゃんとした格好とか持ってないけど、大丈夫かな?というか、第二王子って、王子様ってことだろ?僕、礼儀作法とかわかんないけど」
「まあ、俺もそうだから気にするな。わかっていて呼びつけてるんだろうし」
「カイルも?」
「俺は元平民だしな。貴族ったって名ばかりの騎士爵だし。とりあえず掃除道具は置いて行かないと。エプロンも外してな」
「さすがにそれくらいはわかるよ」
それから僕は慌てて掃除道具を置きに行き、まだ一度も着ていないシャツに着替えて、カイルの待つ騎士団寮の表玄関に向かった。
玄関の扉によりかかり、腕を組んで待っていたカイルは、上着のみ正装用の白い騎士団制服に着替えており、逆三角形の鍛えられた体躯に良く似合っていた。男の僕(恋愛対象女子)が控えめに言っても、なんで恋人(この世界では同性)ができないのか理解できないくらいかっこ良い。
優しいし、頼りになるし、たまに可愛らしい時もあったりして、僕が女子なら誘われたらすぐにOKするだろうな。アッチの相性があったら、付き合うのも考えちゃうかもしれない。
これって、僕の中ではかなり高評価なんだよな。でもなぁ、やっぱり男はなぁ……。それと、怖くて聞いてないけれど、子供がどうやってできるかも謎だし。
ポケッとカイルを眺めていると、僕が来たことに気がついたカイルが、目元を緩めて微笑んだ。
実はこのカイルの笑顔、僕はよく見るんだけれど、副団長のルカからしたら、天変地異の前触れか!ってくらい珍しいんだって。
僕だけが見ることができる笑顔、プライスレスだよなぁ。いや、希少価値があるって意味で。
「カツキは馬に乗れなかったよな?」
「うん。乗馬はしたことないな」
小さい時にポニーに一回乗ったことはあるけれど、あれは乗馬とは言わないよね。騎士には乗馬訓練もあって、あれを見る限り乗ることすら無理な気がする。軍馬っていうのか、凄く大きくて気性も荒そうだった。
「じゃあ、同乗してくか」
カイルと馬場まで行くと、すでにカイルの愛馬は二人乗り用に鞍がセッティングされていた。
最初から二人乗りする気満々だよね。
僕がジトッとカイルを見ると、カイルは中腰になって両手を組んで、手の上に足を乗せろと言ってきた。カイルの肩に手を置いて片足を手にかけると、リフトをするように体を持ち上げられた。馬の鞍がすぐ横にきて、簡単に鞍に跨がることができた。カイルは僕の後ろに跨がると、手綱を持って馬の横腹を足で締める。それだけで馬は走り出した。
「ウワッ!」
いきなり走り出したから、反動でカイルに寄りかかる形になる。背中に
カイルの逞しい体を感じ、両脇からは腕で囲われ、初めての振動だったけれど安心感は半端ない。
「王城って、馬に乗らないといけないくらい遠いの?」
「いや、歩いて行けない距離でもない。ただ、急いで来たアピールなだけだ。馬車を出す距離でもないしな」
それって逆に近い?
馬で駆けて十分ほどで大きな城についた。城は断崖絶壁に建ち、その向こう側は海のようだった。
「王城は王都の南の端にある。向こうは海だ。帰りには浜辺を走ってみるか?」
「マジで?楽しみ!」
この世界に来てから、ほぼ騎士団寮と騎士団詰め所(同じ敷地内にある)の往復で、ちょこっと買い物に出たくらいだったから、違う景色が見れてテンションが上がる。
王城に入る前に下馬し、馬を預けて城の中に案内された。
見る物全部が物珍しくて、周りをキョロキョロ見てしまい落ち着きのない様子の僕に対して、カイルは落ち着き払っていてなんとも頼もしい。
凄い豪華な部屋に通され、目の前に高そうな茶器に入ったお茶が置かれ、綺麗なお菓子が机いっぱい置かれた。
「これ……食べていいのかな?」
「いいんじゃないか?カツキは甘い物好きか?」
「けっこう好き」
騎士団の食堂にはデザートとかもなかったし、たまに買い物に出てもお菓子が売っている店は見あたらなかったから、甘い物はあまり好まれない世界なのかと思っていた。後で知った話、スウィーツは贅沢品で、庶民の口にはほとんど入らないということだった。
「じゃあ、今度ケーキを食べに行こうな」
「やったね」
久しぶりに食べる甘味に目移りしつつ、ガトーショコラのような物を皿に盛って食べてみた。かじると中からチョコがトロリと出て、甘みが口いっぱい広がる。
うっま〜!
口の周りにチョコをつけながらぱくついていると、扉が開いてキラキラした男性がニコニコ笑いながら僕を見ていた。
え?芸能人かな?
最後の一口を口に入れようとして、ポトッとケーキが膝の上に落ちたのにも気が付かないくらい、究極の美貌にあ然としてしまった。
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