第5話 異世界転移した先は

「カツキ!行かないでくれ!!」


 いきなり抱き締められて、肋がメキメキ音をたてる。


 ギブ、ギブ、ギブ!プロレスの技かなんかか?!肋が折れるから!


「行かない、行かないから離して!」

「本当か?信じるからな」


 カイルは力を緩めてくれたが、背中に回した手はそのままだった。スッポリ包まれる感じは安心感が半端なく、不安でいっぱいの今の僕は、その暖かさに縋ってしまう。


 だってさ、どうやら僕は異世界に来てしまったようだから。元いた場所に帰れって言われても、帰り方もわからないんだから無理な話だ。


 歩道橋から落ちて、意識不明の重体とかになって夢の中にいるんじゃなければ、僕がいるのはどう見ても日本じゃなかった。

 周りにいる人達は日本語を話しているようだけど、どう見ても日本人じゃないし、建物や道路、何を見てみても記憶にはない風景ばかりだった。

 煉瓦造りの建物や、石畳の道路、電線のないスッキリとした空、車は走っていなく、かわりに馬車が走っていた。


「あのさ……カイルは日本って知ってる?」

「日本?なんだそれは」


 聞いてみただけだよ。そうだと思ったよ。はい、異世界転移決定!しかも、もしかしたらこの世界は……。


 道を歩くカップル達を見て生じた疑問から、僕はあえて目を逸らした。現実逃避とも言える。異世界転移という、アニメみたいな現実は受け入れられても、あっちの現実はちょっとまだ受け入れられないから。


「僕の故郷なんだけど、やっぱり知らないか。カイルはさ、異世界って信じる人?僕が異世界から来たって言ったら、頭がおかしいとか思う?」


 この世界で生きていく術もわからない今、手助けになってくれる人が欲しかった。この世界の常識を教えてくれて、道標になってくれるような人物。僕に好意を寄せてくれるカイルはまさにうってつけだと思えた。

 そんな打算込み込みで、僕はカイルに真実を話すことにした。


「思わない。カツキの言うことを疑うことはない」


 燃えるような赤い瞳で見つめられると、妙にドキドキしてしまうんだけれど、これだけ真摯に向き合ってくれる人間が珍しいってだけだよな。


「僕は日本の東京って場所にいて、女友達と遊んだ帰りに、歩道橋の階段から落ちたんだ。で、気がついたらカイルのベッドの中だったわけ」

「つまり、その塀から落ちたんじゃないということだな。カツキはニホンという異世界から来た?」

「うん。もしかして、その塀から落ちたら元に戻れたりするかな」


 カイルは情けない表情になる。


「戻りたいのか」

「うーん、そうだね。大学も卒業したいし、バイトも無断欠勤になるから連絡しないとだし、サークルの飲み会やコンパの約束もあるしな」


 全部本当のことだ。しかし、口で言うほど、何が何でも帰りたいと思っていない自分にも驚いてしまう。

 

 バイトは大手居酒屋のチェーン店で、僕がいなくてもバイトの人数は足りているし、無連絡で辞める奴とかもいるから、こなくなったら辞めたんだろうって思われるだけかもしれない。

 サークルはテニスサークルとボルタリングサークルに入っているけれど、どっちも軽く運動して楽しく飲もうって、飲み会ベースのサークルだから、出欠自由なんだよね。顔を出さなきゃ出さないで、特に誰も問題にしないだろう。

 両方共、女の子とHするなら細マッチョの方が好かれるかなと思って、ユルユルな運動系サークルだから入ったんだけど、ボルタリングは一時期けっこうはまった。幼稚園の時の夢が将来スパイ○ーマンになることだったから、なんか自由自在に壁をよじ登る姿が格好良く見えたんだよね。半年くらいでブームは過ぎたけどね。元から飽きやすいんだ。


 さすがに大学生の今はスパ○ダーマンになれるなんて思っていないし、夢らしい夢もないから、生活さえちゃんとできれば、どこで生きていったっていいんだけれど、大きなガタイで、捨てられた犬(大型闘犬みたいだが)のような目で見つめられると、帰りたいと言うことすら悪いことのように思えてしまう。


「でも……もう落ちるのは嫌だから、違う方法を探すよ」


 落ちて痛いだけなら嫌だし……って、自分で自分に言い訳するように言うと、カイルの表情がパッと明るくなる。


「そうか!そうだよな。これ以上怪我をしたら大変だ。よし、じゃあ騎士団に帰ろう。腹が減っただろ?途中で何か買って帰ろうな」

「でも……僕、お金持ってないよ。住まいもないし……どうしよう」


 男が上目遣いでお願いとか、キモッ!とか思われるかな。でも、ここはもうおんぶに抱っこ、カイル様様に頼るしかないのだ。行くなと言ったカイルに責任を取って貰わねば!

 凄く困ってます、助けて下さいアピールだ!仕事が見つかるまで、衣食住の世話をしてくれるとありがたい。ついでに、仕事の斡旋とかしてくれないかな。


 僕はカイルにプロポーズされていたことなど忘れて、彼の好意を軽く受け止めていた。


「なんだ、そんな心配してたのか」


 カイルはフッと微笑むと、僕の頭をポンポンと撫でた。


「カツキ一人くらい、俺が養ってやる。安心して嫁にこい」


 嫁……?


 僕は、あえて見ないフリをしていた現実に再度直面する。


 街を歩いていた恋人や夫婦、その組み合わせは女✕女、男✕男で、女✕男の組み合わせはいなかったのだ。ただの友人同士じゃないとわかるのは、その歩く距離だったり、手の繋ぎ方だったり、どう見てもカップルだとしか思えないスキンシップを見てしまったから。

 しかも、診療所のリリアが言っていたではないか。異性との恋愛は有り得ない、気持ち悪い……と。


 そこまで考えて、唐突にカイルにプロポーズされてキスまでかまされていたことを思い出した。酸欠により気絶したことで、すっかりなかったものとして脳内処理されていたが……。カイルの好意は、ただ好ましいというだけの友情的なものじゃなく、ガッツリ恋愛、愛情、性欲を伴う部類のやつだったじゃないか。


 でも、でも!僕は……僕は、女の子が大好きだ!


 同性恋愛が一般的なこの世界では、あっちの二丁目的(異性恋愛者が集まるような)な場所はあるのかな?もしなかったら、二度とあの柔らかいおっぱいにも触れられないし、エッチもできなくなるかもしれなくて……。


 一瞬絶望感に打ちひしがれたが、だからってやっぱり何が何でも帰ってやるという気持ちは起こらず、持ち前の楽天家な一面が浮上してくる。


 これたのならば、いつかは帰る手段も見つかるだろうし、焦ったっていいことはない。

 それに、さすがに殺されかけてまでしたいこと(女の子とのアレコレ)じゃないしな。前戯とか面倒くさいといえば面倒くさかったし、女の子(といたすこと)は大好きだけれど、いなければいないでもなんとかなるもんだ。


 うん、しばらく女断ちもいいかもしれない。かといって、男子ウエルカムにはならないけれど。


「カツキ……何を考えている?」


 僕の返事がないからか、カイルは不安そうに僕を見下ろしていた。


「あのさ、まだ知り合って一日というか、数時間じゃん。いきなり嫁とか無理だし……。いや、カイルが嫌だとかじゃないんだけどさ」

「まあ、それは理解できる。いきなり結婚はないよな。でも、俺はそれくらいカツキに対して真剣だということは覚えておいて欲しい」


 真っ直ぐに視線を合わされて真摯な様子で言われると、気軽にカイルの好意を利用しようとした自分が悪い人間のように思われてしまう。


 やっぱり……これだけはちゃんと言っておかないとだよな。


「実は!僕がいた世界では同性同士の恋愛はマイナーだったんだよ!」


 いきなり叫んだからか、内容に驚いたからかはわからないけれど、カイルはポカンとした表情になる。


「は?」

「結婚も異性とするのが一般的で、同性婚は限られたところでしか認められていなかったんだ」

「え?」

「だから僕の恋愛対象も女子で、男子を好きになったことなくて……。カイルに対して恋愛感情を持てるかは正直未知数っていうか、まずはこの世界に慣れたいかなって思うんだ」

「……」


 カイルの顔が、どんどん険しくなっていく。でも、僕に怒っているんじゃないっていうのはわかった。

 元の顔が怖いから、怒っていても不機嫌でも、なんでも険しい顔になっちゃうみたいだけれど、悲しくても同じような表情になってしまうみたいだ。ちなみに、今は多分悲しい?


「……カイル?」

「そうか……いや、大丈夫だ。ふられるのには慣れているから気にしなくていい」


 凄い罪悪感!


 かと言って、「嫁になります!」とも言えないから、なんとなく気まずい雰囲気のまま騎士団詰め所に戻った。

 そして、僕は「キシ」が棋士ではなく騎士であることを理解し、カイルが第三騎士団の団長という、騎士団でも偉い人だったことを知った。










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