第4話 初めてのキス…カイル視点

「うん。その赤い瞳とか凄く綺麗だし、顔だって彫りが深くてかっこ良いし、体もいいよね!」

「体……」


 今まで、不気味だとしか言われてこなかった俺の赤い瞳、鬼の形相と恐れられたこの俺が、綺麗でかっこ良い?しかも、体まで気に入ってくれるとか、やっぱり俺の天使だったんだ。


「……カツキ的には、俺っていける?」

「うん、いける。いけてるよ」


 マジか、マジか、マジか?!


「カツキ!結婚してくれ!!」


 俺は、カツキに抱きつくと同時に叫んでいた。


「ちょ……ちょっ……ちょっと……え?」


 ヤバイ、小さい、可愛い!


 暴走した俺は、カツキの顎に手をかけ、人生で初めてのキスをした。夢中で唇を押し付け、その柔らかさに恍惚となる。


 なんだこれ?こんな気持ち良いもの、三十五年間も知らなかったのか?!


 夢中になって唇を押し付けていたら、いきなりカツキの力が抜けた。膝がガクンと折れ、俺に寄りかかってくる。


 えっ?!俺に体を預けてくれるとか、まさか先に進んでもOKだといいサインじゃ?!


「カツキ、いいのか?!」


 喜々としてカツキの顔を覗き込むと、その顔色は青紫色になっており、身体が僅かに痙攣していた。明らかに酸欠による失神に見えた。


「カツキ?カツキ?!」


 いきなり気を失ったカツキを抱え、俺は部屋の扉を蹴り開け、騎士団診療所へ走った。


「ジジイ!カツキを診てくれ!!」


 寮の真裏にある騎士団詰め所に走り込み、一階にある診療所の扉を蹴破った。


 中にいたのは白髪で白衣を着た老人と、ナース服を着た若い女だった。

 老人は騎士団診療所の老医師であるデバン、女は騎士団診療所の看護師であるリリアだった。


「なんだ?どうした?その坊主は昨日治療しただろが。傷でも開いたか?」

「また気絶したんだ」


 カツキを抱いたままオロオロしている俺に、リリアがカツキを診療台に寝かせるように指示した。


「一度起きたんだろ?お前さんを見て、怖さのあまり失神したんじゃないかね」

「カツキは、俺の顔を見ても怖がらなかった!それどころか……かっこ良いと……」



 いつもは人を殺さんばかりの険しい表情(俺はただ無心でいるだけなのだが)の俺が、顔を赤らめてゴニョゴニョ言っている様子を見て、デバンもリリアも目を点にさせている。


「……ゥン」


 カツキが小さく呻き、うっすらと目を開けた。


「カツキ!!」


 思わずカツキに抱きつこうとすると、カツキが怯えた表情をし布団を顔まで上げて隠れてしまった。


「怖がっとるな」

「怖がってますね。グリーンヒル団長の妄想ですかね」

「ふむ……。団長には安定剤でも処方した方が良いかの」


 デバンとリリアが失礼な会話をしていたが、俺はそれどころじゃなかった。


「カツキ、カツキ、顔を出してくれ。すまん!窒息させるつもりはなかったんだ。悪かった」


 どんなに懇願しても、カツキは布団から出てきてくれず、布団を引き剥がす訳にもいかずにオロオロしていると、デバンが呆れた口調で聞いてきた。


「窒息?何をしたんだ、おぬし」

「いや、求婚をして思い余って口づけを……」

「バカ!何話してんだよ!そんなこと人に言うなよ」


 カツキが頭から布団をかぶったままガバッと起き上がり、その真っ赤に染まった顔を見てホッとした。とりあえずは体は大丈夫なようだ。


「すまん。つい……。いや、求婚したのがついじゃないぞ。求婚は真面目だ。出会ってすぐとか、お互いのことをよく知りもしないのにとか、色々言いたいこともあるだろうが、一目惚れしたんだ。俺は自分の直感を信じている」

「いやいや、ちょっと落ち着こうよ。僕達男同士だし……いや、個人の趣向は尊重はするけどさ、僕の恋愛対象は女子だし、男子のことはそういう目で見たことないから」

「恋愛対象が女子……?」


 この部屋唯一の女子であるリリアに全員の視線が向かう。


「はあ?!ちょっと、気持ち悪い視線向けないでよ。異性と恋愛とか有り得ない。気持ち悪い。え?そんな人間いるの?!」


 リリアが壁際にビタリと張り付き、カイルとの距離をこれでもかととる。


「気持ち……悪い?異性が……気持ち悪い?」

「当たり前じゃない。恋愛も結婚も同性とするものでしょ。第一、異性と結婚して、どうやって子づくりするのよ。意味わかんない」


 カイルはリリアの顔を呆然と見て、それから俺、デバンの顔を見た。


「……あの、ここがどこか聞いてもいい?」

「ここは、ハング王国のハング騎士団内にある診療所じゃな」

「ハング王国……」


 カツキは何かを考えているようだった。


「カイル……僕が倒れていた場所に連れて行ってくれないかな」

「それはいいが……あの……俺の求婚の答えは」

「ほ……保留で!!今はちょっと考えられないから」


 保留?!

 それは、俺との未来を真剣に考えてくれるということか?!


 カツキはベッドから起き上がり、立ち上がろうとしてフラリとよろける。


「カツキ!」


 慌てて支えると、カツキの顔が真っ赤に染まった。


 恥じらっているカツキ、なんて愛らしいんだ!!


「あ……ありがとう。でも、自力で歩けるから」


 支えて……いや抱き上げて運びたい気持ちが胸にこみ上げてきたが、恥ずかしがりのカツキは嫌がるだろう。俺はカツキの手を取って、俺の太い腕を掴ませた。


「杖だと思ってくれてかまわない」

「ハハ……安定感抜群だな」


 やはりまだ歩くと色々と痛むのか、カツキは素直に俺の腕に掴まってくれた。

 そのまま騎士団詰め所を出て、昨日カツキを見つけた袋小路の路地に向かう。街を歩きながら、カツキは物珍しそうに周りをキョロキョロと見ていた。

 普通の街の風景だと思うのだが、カツキには目新しいようで、「あれは何?」とよく聞かれた。その様子を見ると、カツキはこの国の人間ではないのかもしれない。言われて見れば、洋服も少し違う気もするし、顔つきだって俺らとは違ってスッキリしている。


「そこの先の角を曲がった行き止まりにカツキが倒れていたんだ。カツキは帰り道だと言っていたが、どこから来て、どこに行くつもりだったんだ?」


 袋小路の手前まで来て、カツキに路地を指差して教えると、カツキは俺から手を離して袋小路まで歩いていった。


「ここ?」

「ああ。もしかして、覚えてない?頭を打った後遺症かな?」

「……」


 カツキは、辺りを色々見て探っているようだが、何か落とし物でもしたんだろうか?


「何か探しているのか?言ってくれれば手伝うが」

「……いや、そういうんじゃないんだけど。カイル、ちょっと僕を肩車とかできる?」

「できなくはないが……いいのか?」

「ちょっと塀の向こう側が見たいんだよ」


 カツキは足を肩幅に開いて、「早く」と急かしてくる。

 俺は思わず生唾を飲み込む。


 あそこに頭を突っ込んでいいのか?足とか支えないと危ないよな。触っても嫌がられないのか?


 俺は意を決してカツキの股の間に頭を差し入れて立ち上がった。


「ウワッ」


 上半身がぶれて、カツキが俺の頭にしがみつく形になったから、太腿を掴んでしっかり固定してやる。


「ヤッバ、高い」


 やばいのは俺だ。カツキの股間が首に……。


 頭の中に今まで捕まえた犯罪者の顔を思い浮かべて、なんとか平常心を取り戻す。


「な、何か見えたか」

「ああ……デカイ建物があるな」

「それが見たかったんじゃなかったのか?」

「いや、僕が落ちた場所が見たかったんだけど……ここじゃなかったみたいだ」

「え?じゃあ、気絶している間にここに運ばれて捨てられたってことか?!」

「いや、そうじゃないと思う。カイル、下ろして。ありがとう」


 カツキに髪の毛をツンツンと引っ張られ、カツキを地面に下ろして頭を抜いた。


「……どうすれば帰れるんだ」


 帰る?帰るって、この国から出て行くのか?!


 俺は、カツキの肩を抱き締めて縋ってしまった。


「カツキ!行かないでくれ!!」




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