36

 ホラーは自分が拳銃を手にしているかもしれないと思ったからだ。しかし、ホラーの手にしていたそれは拳銃ではなかった。もう少し大きいもの。見ると、それはホラーが子供のころ、お母さんからもらって愛用していたお気に入りのカセットテープレコーダーだった。四角いレコーダーには古いイヤフォンがぐるぐる巻きにされていた。

 それを見て、ホラーはほっと胸をなでおろした。

「これが欲しいの?」ホラーは言う。

「はい」とひなは元気よく答える。

「それって音楽を聴くための道具ですよね。私、音楽っていうものに、すごく興味があるんです」ひなの顔は真剣そのものだった。

 ホラーはどうしようかと迷って影を見た。(迷ったときは影に頼る癖がホラーにはあった)

 影は優しい顔をしていた。それはもしよかったら、ひなちゃんにそれをプレゼントしてあげて、という合図だった。ホラーは影の許可を受けて、ひなにそのカセットテープレコーダーをプレゼントすることにした。

「いいよ。これ、ひなちゃんにあげるね」ホラーはそう言ってひなの手の上に四角いカセットテープレコーダーをそっと置いた。

「本当にいいんですか?」ひなは言う。

「もちろん。ハッピーバースデー。ひなちゃん」ホラーは言う。

「お誕生日おめでとう。ひなちゃん」と影が言った。

「……ありがとうございます」

 ひなは感動しながらそう言った。

 ひなの小さな体は小さく、ふるふると震えていた。

「じゃあ、ひなちゃん。今度は私のお願い、聞いてくれる?」とホラーが言った。

「ホラーさんのお願い、ですか?」とひなは言った。

「うん。私もひなちゃんにお願いがあるんだ。それをひなちゃんに叶えて欲しいの」

「そのお願いってなんですか?」ひなは首を(可愛らしく)小さく傾けた。

「ひなちゃん」

「はい」ひなは言う。

「私と、お友達になってください」ひなの目を正面から見ながら、姿勢を正してホラーは言った。

 するとひなは目を丸くして驚いた。

 その顔があまりにもおかしかったので、ホラーは思わず笑ってしまった。

「本当ですか?」

「うん。本当だよ」ホラーは言う。

「本当に私と、友達になってくれるんですか?」

「うん。もちろん」

 そう言ってホラーは小さなひなの体をぎゅっと抱き締めた。

 か細い体。

 すぐにでも消えてしまいそうなくらい、軽い、空気のようなひなの体。まるで雪で作られているみたいに冷たい体。

「嬉しい」ひなが言った。

 ひながそっとその両手をホラーの背中に回した。

 ホラーとひなは緑色の世界の上でお互いその存在を確かめ合った。

 そんな二人の姿を、影はとても嬉しそうな顔で見つめていた。

 透明な風が大地の上を駆け抜けた。

 幸せなホラーの夢はそこで唐突に終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る