30
「さあ、行きましょう、ホラーさん」元気な声でひなが言う。その声を聞いてよかった。元気になってくれたみたいだ、と思ってホラーは安心する。
「うん。行こう」ホラーが言う。
二人は並んでドアの前に立っている。
そこから息を合わせて、同じタイミングで一歩を踏み出した。
穴はまるで怒っているようにすらホラーには感じられた。まるでこの先に行ってはいけない、と巨大な穴に怒られているような気分になった。
穴の中は真っ暗な暗闇だった。
そして今ホラーがいる場所よりも、ほんの少しだけ、冷たい空気が流れていた。
二人は一緒に歩いてその暗闇の中に移動した。
その瞬間、世界から音が消えた。
完全な闇だ。
ここまで完全な闇を、ホラーは今までの人生で体験したことがなかった。ホラーに感じ取ることができる感覚は左手にある柔らかいひなの手の感覚だけだった。
その手がホラーを前に引っ張った。
ホラーはその手に引っ張られるようにして、前に足を進めた。
それからしばらくするとホラーの耳に音が戻ってきた。はじめに聞こえてきたのは自分の心臓の音だった。どくんどくん、と鼓動が早い。その音を聞いてホラーは自分が緊張していることを知った。
「それにしても」
その次に聞こえてきたのは、聞き慣れたひなの声だった。
「ハッピーバースデーって、変ですよね。私、今日お誕生日じゃないですし」不満そうなひなの声。
ひなは自分の誕生日を知らない。(そのことをひなから聞いてホラーは知っていた)
「いいんだよ。ああいうのはさ、雰囲気が大切なんだから」ホラーは自分の声を自分で確かめるように、そう発音した。
「そういうものなんですか?」闇の中でひなが言う。声はちゃんと届いているようだ。
「あ、着きましたよ。あそこです」ひなが言う。
「どこ?」
「ほら、あそこです」
ホラーにはひなの言っている場所のことがよくわからなかった。ホラーに見えるものは闇だけ。しかし、どうやらひなにはホラーとは違うものが見えているようだった。
突然、ひなが立ち止まった。
ホラーもそれに合わせて慌ててその場に立ち止まる。
「この部屋に来るのは本当に久し振りです」ひなは言う。
その声はなんとなく嬉しそうだった。
おそらく、ひなが足を一歩前に踏み出したのだと思う。
いきなり闇が分かれて、巨大な光の塊がホラーの両目を力一杯に叩いた。ホラーは目を細めて、光を見つめる。
「ホラーさん。ほら、早く」ひなが言う。
「うん。わかった」
ホラーはひなに手を引かれるようにして、その光の中に入っていった。
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