わたしと一匹のドキドキ内見

鬼灯 アマネ

わたしと一匹のドキドキ住宅内見

「最近できたばかりの新築で、あと一部屋だけ残ってるんですよ。ラッキーでしたね」


 不動産屋ゴブリンに連れられてきたのは、深い森の中。住宅らしきものが見当たらない閑静すぎる道を案内されていた。


 もうここで、決めてしまいたい。

 物件探しを始めて内見した数、十数件。魔法学校の入学式は、もう間近に迫っている。

 新天地で一人と一匹の新生活をするためには、ここに決めるくらいの勢いでないといけない。魔法学校から距離が離れている点は不安である。朝が苦手なわたしにとっては痛手だ。

 しかし、四十秒で支度できるわたしなら、ホウキで飛ばせばギリギリなんとかなる距離ではある。というか、ここが限界だろう。

 最後の一件。自然と腕の力がこもってしまい、わたしの胸に抱えていた子ドラゴン――ビビは、グエェと潰れたヘビガエルのような声を上げた。


「着きましたよ。こちらの物件です」


 うっそうとした森が開け、目の前には大きな大木がそびえ立っていた。見た感じ、大木の樹齢は千年を超えているかのように思える。

 これは最近流行っている樹木アパートだ。新築となると魔法設備が充実しており、普通の住宅よりも居心地がいいのだとか。樹木アパートに入居を決めた友だちが、確かそんなことを言っていた。

 ゴブリンの案内で入口の穴に辿り着くと、いくつもの部屋が続いているのが見えた。まだ入居者はいないので、辺りはシンと静まり返っている。手前にある階段を上っていく。


「入居者がいないので騒音がどの程度か分からないかと思いますが、防音設備はしっかりしてますよ」


 それはいい。メモ帳とペンを魔法陣から取り出し、『ビビが魔法実験に怯えて暴れだしても、ご近所トラブルの心配なし』と書き込んだ。


「こちらのお部屋になります」


 案内されたのは、二階の角部屋だった。

 これは本当にツイてるかもしれない。わたしはビビに、角部屋だって、やったね! と喜びを共有した。


「ドラゴン可の物件、本当に少ないので助かりました。魔法学校に通える距離で結構探したんですが、もうここくらいしかなくて……」

「ですよね。ドラゴンを飼われている方自体も少ないのですが、ドラゴンと暮らせる物件はもっと少ないんですよ。とはいえ、そのドラゴンが火を吹けない種類でよかったです。建物の耐火技術はまだまだ未発達なので、火を吹く種類だと賃貸で住める物件はありませんからね……ささ、こちらお入りください」


 ゴブリンが錠魔法を解き、わたしとビビは中に入った。昼間の日光がたっぷりと部屋に降り注いでいた。窓から見える森のきらめきが、一層この部屋の良さを引き立てている。ビビを日光に当ててやると、ウトウトし始めた。

 『ビビの日光浴にピッタリ。植物系モンスターの育成にも向いてそう』とメモに書き込んだ。


「日当たり良好、眺めもバッチリでしょう? 木の特性を活かした冷暖房魔法が施されているので、暑さも寒さもへっちゃらですよ」


 確かにまだ寒い季節だというのに、部屋の中はポカポカとしていた。


「森物件特有の食肉植物やスライム侵入対策は万全ですよ。専用の結界が張られていますので、ご安心いただけるかと思います」


 どおりで通常の森にはうじゃうじゃいる、食肉植物系のモンスターやスライムがいないわけだ。これからこうやって、森は開発されていくのだな、と思う。

 先ほど書き込んだ『植物系モンスターの育成にも向いてそう』を二重線で消して、『生きたままの食肉植物系モンスター、スライムの実験不可』とメモに書き込んだ。これは妥協するしかない。


「こんな良い物件なのに、どうしてここが最後まで残ったんですか?」

「そうなんですよ、入居開始日が迫っているのに売れ残ったことには、一応訳がありまして……」


 ゴブリンが急に神妙な顔になった。なるほど。やはり訳アリ物件だったか。


「まず、この角部屋、ご覧いただければ分かりますが、部屋の形がいびつでして……。家具が置きづらいと不評なんです」


 確かに、樹木をそのまま建築物にした部屋特有の使いづらい角や、天井が極端に低い場所が存在している。

 しかし、これも使いようだ。『ビビの隠れ場所に向いてそう。これならすぐ落ち着いてくれるかも』と書き込んだ。


「それと広さの関係上、この部屋だけトイレを置けなかったので、外にトイレがあるんです。それが面倒だと……」

 『ビビにトイレットペーパーでいたずらされずに済む』とメモに書き込んだ。


「これが結構致命的で、この部屋だけ、魔素でんぱが届きづらいんです……」


 わたしは試しに携帯魔具を取り出してみた。画面には圏外、と出ている。

 『魔具使えず→ビビに手紙を届けてもらえば解決』とメモに書き込んだ。


「なんだ、それぐらいですか。それならこの部屋、契約したいです!」


 ここで、終わらせる。わたしとビビに合う場所はもう、ここしかない。むしろ、わたしたち向けの物件と言っていい。


「それは嬉しいのですが……実はもう一つ、お客様に伝えておかないといけないことがありまして……」


 まだあったのか。しかし、なにを言われても、ここに決めてやる。


「この部屋、森の精の通り道にありまして――」


 ゴブリンがそこまで言ったところで、突然目の前に、キラリと光の筋が通った。

 抱えていたビビが大きな悲鳴を上げたかと思うと、羽を広げて飛びあがった。尻尾が何者かに掴まれているかのように、ギュッと絞れている。目に見えないが、恐らく森の精がいたずらをしているのだろう。

 驚いたビビは大きく開けた口から、勢いよく火を吹き始めた。


「お客様ぁ! そのドラゴン、火を吹けないはずでは?!」


 わたしは思わず目を逸らした。

 噓も方便、というヤツだ。わたしはきっとそう言いたげな顔をしていただろう。



 大惨事になる前になんとか水魔法で消火したものの、部屋は水浸しになってしまったし、不動産屋ゴブリンにめちゃくちゃ怒られ、めちゃくちゃ掃除させられた。

 もちろんわたしたちには、借用不可となった。


 一人と一匹は何の成果も得られず、トボトボと実家に戻った。

 結局、こうなってしまった。火を吹かないようにビビをしつけしてきたが、どうしてもボロが出る。

 ビビを内見に連れて来なければ上手くいくだろうが、ビビが安心して暮らせる場所を後悔なく選ぶためには必要なことだ。


 ――それなら、ビビを実家に預けて、わたしだけで暮らせばいいのでは?


 そんな声が聞こえてきた、気がする。

 わたしの腕の中で、申し訳なさそうに落ち込んでいるビビを見つめる。

 物心ついたときから一緒に過ごしてきた、大切な家族なのだ。別々に暮らすなんて、あり得ない。ビビの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。

 それにまだ、わたしはこれからビビで実験したいことがたくさんあるのだ。

 何かを察したのか、ビビは身震いして、羽をキュッと縮めた。かわいいヤツめ。


 わたしたちは家に帰り、両親に実家から学校に通うことを告げた。

 その後、携帯魔具でビビと一緒に、ドラゴン飼いあるあるのまとめサイトを見ながら笑い合った。


 実家、本当は早く出たかったけれど、しょうがないよね。

 そうしてその先、何年にも渡って両親に言い訳しているわたしがいたとか、いなかったとか。

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