師弟

「悟史、久世彰を持て。さっさとズラかるぞ。海の奴らにまたちょっかいを出される前に、な」


 ────と、指示した十数時間後。

無事に氷室組と風来家の人間と合流。久世彰の移送をお願いしてきた。

それから、俺は帰りの飛行機で爆睡。気づいたら、自宅の布団の上に居た。

恐らく、悟史か及川兄弟が送ってくれたのだろう。

真っ暗な室内を前に、俺は布団から出ようとする。

が、何か上に載っていて身動きを取れなかった。


 なんだ?金縛りか?


 『久しぶりだな』と考えながら、俺は身を捩って上に載っているものを確認する。

と同時に、目を見開いた。

だって、そこにあったのは─────悟史の頭だったから。

一瞬『生首か!?』と思ってギョッとするものの、布団脇で正座している胴体を見てホッとする。


「ついに殺られたかと思ったぜ」


 『心臓に悪い』と辟易しつつ、俺は無遠慮に悟史の背中を叩いた。

このままでは、起き上がることすらままならないため。


「おい、どけ。そんで、帰れ。何でお前が俺の家で寛いでいるんだよ、ふざけんな」


 『宿泊許可を出した覚えはない』と叱りつけると、悟史は小さな呻き声を上げる。

グリグリと布団に顔を押し付けながら身動ぎし、ゆっくりと目を開けた。


「ん……?あれ?壱成?」


「さっさと起きろ。重いんだよ」


「えぇ……?」


 いまいち状況を呑み込めていないのか、悟史はキョロキョロと辺りを見回す。

そして何とか事態を把握すると、おもむろに体を起こした。


「ごめん、ごめん。壱成を布団に置いたらすぐ帰ろうと思っていたんだけど、寝ちゃったみたい」


「まあ、昨日は色々大変だったからな」


 『うっかり眠るのもしょうがない』と言い、俺はようやく布団から抜け出した。

んー!と伸びをしながらキッチンに行き、冷蔵庫から缶コーヒーを二本取り出す。


「ほら、受け取れ」


 そう言って悟史に投げ渡すと、彼は少し驚いたように目を見開いた。


「壱成が人に何かあげるなんて、珍しいね」


「ここまで運んでもらったお礼だ。それ、飲んだらさっさと帰れよ」


 『運搬を理由に、報酬を減らされちゃ堪らない』と先手を打つ俺に、悟史は軽く吹き出す。

壱成らしい、と呟きながら。

『金の話は大事だろ』と不服を申す俺の前で、悟史は缶コーヒーの蓋を開けた。

かと思えば、おもむろに顔を上げる。


「そうだ、壱成────今回は本当にありがとね」


「なんだよ、改まって」


 『気持ちわりぃ』と顔を顰める俺に対し、悟史は苦笑を漏らした。

と同時に、缶コーヒーを一口飲む。


「いやさ、一度冷静になって昨日の出来事を考えてみたら……結構、壱成に無茶振りしてたな〜って思って。久世彰がプロの祓い屋とはいえ、組関連だし……何より、生身の人間。この世ならざる者専門の壱成には荷が重かったんじゃないか、と」


 普段と変わらないトーンで……でもどこか重々しく語り、悟史はまたも缶コーヒーを煽る。

何かを呑み込むように。


「久世彰を追い掛けているときはとにかく夢中で気づかなかったけど、僕……凄く壱成に甘えていたね。ごめん」


 深々と頭を下げて謝罪する悟史に、いつものおちゃらけた雰囲気はなく……真剣な様子が窺える。

心底反省しているのだろう。


「これからは組の事情に巻き込まないよう極力配慮するし、無茶振りだってしない。でも、もし僕と居るのが苦痛なら……怖いなら、師弟関係を解消しても……」


「───バーカ。何言ってやがる」


 まだ蓋を開けていない缶コーヒーで軽く悟史の頭を小突き、俺は大きく息を吐いた。

『こういう時だけ、弱気になるのかよ』と思いながら。


 普段は周りの声なんて気にせず、我を押し通すくせによ。

ったく……これだから、お子ちゃまは。


 『世話が焼ける』と肩を竦め、俺は腰に手を当てた。


「いいか?俺は俺の意思で、昨日の件を引き受けたんだ。その責任を他人に押し付けるほど、弱虫ではない」


「!」


「そりゃあ、確かに怖かったし、面倒臭かったし、厄介だったが……結果として久世彰は捕まり、俺もお前も無事。これ以上ない結果だろ。それなのに、何を血迷ってたんだ」


 『ネガティブになる要素0だろ』と呆れつつ、俺は缶コーヒーの蓋を開ける。

その際、手首に貼られた大きな絆創膏を目にした。


 あぁ……なるほど。悟史の心に引っ掛かってんのは、コレか。

自分で噛みちぎったとはいえ、久世彰を捕獲するためにやったことだから、責任を感じているんだろう。

自分が無茶を言わなければ、と。


 『こっちは大して気にしていないんだけどな』と心の中で呟き、俺は缶コーヒーを一気飲みした。

この馬鹿で、アホで、弱気な悟史に焦れったさを感じながら。


「とにかく、師弟関係は解消しない。自分で決めたことを投げ出すような真似は、したくねぇーからな。それに────」


 そこで一度言葉を切ると、俺は空になった缶コーヒーをゴミ袋に投げ入れた。

カコンッと缶同士のぶつかる音を前に、悟史の方を振り返る。


「────俺の貴重な収入源がなくなるだろ」


 受講料二十万+‪αのことを指摘し、俺は小さく笑う。

すると、悟史は一瞬目が点になるものの……直ぐに吹き出した。

『こんな時までお金の話?』と半分呆れながら。


「じゃあ、壱成の貴重な収入源として今回の報酬は弾むかな」


 そう言って、悟史は缶コーヒーの残りを飲み干す。

もう迷いが吹っ切れたのか、先程までの暗い雰囲気はなく……いつもの調子に戻っていた。

空になった缶を捨てる彼の前で、俺は『治療費は別で寄越せよー』と要請する。

────と、ここでスマホより新着メールの通知が。

どうやら、新たな依頼が入ったらしい。


 昨日の今日でまた仕事か。まあ、いいけど。金払いさえ、良ければな?


 『あと、ガキ共のイタズラじゃなければ』と考えつつ、俺はスマホを手に取った。

すると、当たり前のように悟史が横から画面を覗き込んでくる。

『ねぇねぇ、今回はどんな依頼?』と浮かれる彼を前に、俺は何度目か分からない溜め息を零した。



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『フリーの祓い屋ですが、誠に不本意ながら極道の跡取りを弟子に取ることになりました』は、これで完結となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!



初めてのホラー作品だったので、少し不安だったんですが、何とか書き切れて良かったです!


それでは、本作の裏話をちょこっと紹介していこうと思います。


・初期段階では、主人公の性別を女性にする筈だった

→ただ、上手く筆が乗らず……試しに主人公の性別を男性にしたらめちゃくちゃ書けたので、この形になりました


・本当はEpisode5と6はなしの方向で進めていた

→思ったよりコンパクトに本筋のストーリーがまとまったので、急遽エピソードを追加しました


・桔梗篤臣は当初、気のいいオッサン刑事にする予定だった

→さすがにちょっとベタ過ぎるかな?と思い、途中でイケメンボンボンに変更しました


本作の裏話はこれで以上になります。

ちょっとでも楽しんでいただけたのなら、幸いです!



それでは、改めまして……

『フリーの祓い屋ですが、誠に不本意ながら極道の跡取りを弟子に取ることになりました』を最後までお読みいただき、ありがとうございました!

また気が向いた時にでも、壱成達の物語を見に来ていただけますと幸いです┏○ペコッ

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フリーの祓い屋ですが、誠に不本意ながら極道の跡取りを弟子に取ることになりました あーもんど @almond0801

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