神社

「小鳥遊さん、娘は……麻里は助かりますか?」


 真剣な面持ちで質問を投げ掛けてくる東雲柚子に、俺は『う〜ん……』と小さく唸る。


「正直、何とも言えないですね。ただ、まあ────希望はあると思いますよ」


「ほ、本当ですか……!?」


 テーブルに手をついてこちらへ身を乗り出し、東雲柚子は僅かに目を輝かせた。

神様相手だと、どうしようないとでも思っていたのか、かなりいい食いつきである。


「ええ、本当ですよ。でも、あくまで希望です。神様の気分次第とも言いますが」


「それはどういう?」


「そのままの意味ですよ。現状、俺に出来るのは────神様と交渉することくらいなので」


「えっ……?」


 除霊などを期待していたのか、東雲柚子は僅かに表情を曇らせる。

綿貫紗夜や皇桃花も、ガッカリしたように肩を落とした。

『当てが外れた』と言わんばかりの反応を前に、俺はやれやれとかぶりを振る。


「いいですか?神は人智を超えた存在です。田舎町の神社に住まう者とはいえ、人間の力でどうこう出来るものではありません。また、今回は娘の麻里さんにバッチリ憑依している。謂わば、人質に取られているようなもの。考えるまでもなく、こちら側が圧倒的に不利な立ち場なんですよ」


 『除霊なんて出来る訳ない』と説き、俺は目頭を押さえた。

その交渉に参加してやるだけ有り難いと思え、と呆れながら。

『普通の祓い屋なら、速攻で投げ出していた案件だぞ』と思案する俺の前で、東雲柚子はおずおずと片手を挙げる。


「……ぐ、具体的にどうすれば?」


「とりあえず、綿貫紗夜と皇桃花の二人を神社に連れて行ってひたすら謝罪ですかね」


 『こちらは対等に交渉出来る立場じゃないし』と零す俺に、皇桃花はチラリと視線を向けた。


「そ、それって私達の身の安全は……」


「保証出来ないですね。もちろん、守る気では居ますが。ただ、何度も言うように相手は人智を超えた存在。完璧に守り切る自信はありません」


 『一生残る障害を負うくらいの覚悟は必要かも』と言い、俺は腕を組む。


「まあ、強制はしませんよ。ただ、その場合────東雲麻里さんの助かる可能性はかなり下がります」


「「「!!」」」


 ほぼ0に等しくなることを告げると、女性陣は見るからにたじろいだ。

娘を助けたい東雲柚子、怖くて勇気が出ない綿貫紗夜、罪悪感に苛まれている皇桃花。

三者三様の反応を見せているが、一貫して口を開かなかった。

恐らく、無責任に『行ってくれ』とも駄々っ子のように『行きたくない』とも言えないのだろう。


「綿貫紗夜さんと皇桃花さんのお話を聞く限り、お稲荷様は自分の領域でどんちゃん騒ぎしていた三人に怒ってらっしゃいます。なので、まず当事者から謝罪を行わないことには交渉を始められません」


他人ひとの家の中でさんざん騒いだ挙句、代理人を立てて許しを乞う交渉なんて舐めているとしか思えないもんね」


 『ヤクザこっちの世界でも、それはないわ〜』と零し、悟史は頬杖をついた。

じっと女性陣の様子を窺う彼の前で、綿貫紗夜と皇桃花は居心地悪そうに顔を反らす。

が、東雲麻里の件には少なからず責任を感じているようで……


「分かり、ました……」


「い、行きます……」


 と、渋々同行を承諾した。

不安と焦りの滲んだ顔でこちらを見つめる二人に、俺は大きく頷く。

と同時に、立ち上がり一度この場を後にした。

────向かうはコックリさんを行ったという、あの神社。

地元民の綿貫紗夜と皇桃花に案内されるまま、鳥居の前までやってきた。

ちなみに東雲柚子は自宅で待機してもらっている。

恐らくほとんど意味はないだろうが、娘の麻里に何かあったときのために。


 今回の交渉で、更に怒らせる危険性もあるからな。

いきなり、自殺や自傷行為に走る可能性は拭い切れない。


 趣のある神社の境内を眺めながら、俺は『こんなところでコックリさんなんて、よくやるなぁ』と半ば感心した。


「建物自体は古いが、かなり力のある神社だ。恐らく、地元の人達が大切に大切に祀ってきたおかげだろう」


「へぇー。ここだけ妙に澄んでいるのは、そのためか」


「鳥居の向こうはもっとヤバいぞ。なんせ、神様の家────神域しんいきだからな」


 『気を引き締めていけ』と悟史に告げ、俺は後ろを向いた。

そこには、ガクガク震える綿貫紗夜と皇桃花の姿がある。


「知っていると思いますが、真ん中は神の通り道なんで端っこに寄ってください。てか、俺らの後ろについてきてください」


「は、はい」


「分かりました……」


 顔面蒼白になりながらもコクコクと頷く二人に、俺は『頼みますよ』と念を押す。

そして鳥居へ向き直ると、極力姿勢を正して一礼した。

心の中で『失礼します』と一声掛けてから中に入り、身を強ばらせる。


 神社を目にした時点で、気づいていたけど……これ、めっちゃ見られているな。

多分、現世まで降りてきている。


 呼ぶ手間が省けたのはいいが、妙に緊張してしまい……俺は深呼吸を繰り返す。

『蛇に睨まれた蛙のような気分だ』と思いつつ歩を進め、賽銭箱の前で跪いた。

悟史達も俺に倣うように膝を折り、沈黙する。

予め、『勝手に喋るな』と言っておいたのが良かったらしい。


 さて、あちらさんはどう出るか……。


 『下手したら、この体勢で一時間とか有り得るな』と思案する中、ふわりと柔らかい風が頬を撫でた。

かと思えば、目の前に……いやもっと正確に言うと、賽銭箱の上にキツネが現れる。

どことなく、厳かな雰囲気を放ちながら。

『東雲家で感じた気配と全く同じだな』と考える俺を他所に、綿貫紗夜と皇桃花は


「「キツネ……?」」


 と、呟いた。

全く緊張感の欠片もない態度に、俺は焦りを覚える。


「お稲荷様だ、バカ……!頭を下げろ!喋るな!」

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