綿貫紗夜と皇桃花の嘘

「だから────お稲荷様・・・・なんて大物が、釣れちまったんだよ」


 ついでに東雲麻里に憑いた者の正体も明かし、俺は遠い目をした。

今回の案件はリスク過多の上、成功率もめちゃくちゃ低いため。

ここに来た霊能力者やらなんやらが、逃げ出したのも頷ける。

まあ、中にはガメつく商売していた輩も居るらしいが。

『多分、そっちは霊感0の詐欺師だな』と肩を竦めていると、綿貫紗夜が大きく瞳を揺らした。


「そんな……本当に・・・お稲荷様が憑依するなんて……」


 茫然自失といった様子でそう呟く綿貫紗夜に、東雲柚子は堪らず飛びつく。


「ちょっと、紗夜ちゃん!一体、どういうことなの!?」


「あっ、その……私は……」


 ようやく自分の失言に気づき、綿貫紗夜は狼狽える。

────と、ここで皇桃花が大きく鼻を啜った。

ポロポロと大粒の涙を流しながら。


「ご、ごめんなさい……!全部、私が悪いんです!」


 東雲柚子に向き直り、皇桃花は勢いよく頭を下げた。

まさかの土下座を披露する彼女に対し、東雲柚子は一瞬呆気に取られる。

でも、おかげで少し平静を取り戻したらしい。


「……私こそ、取り乱してごめんなさい。コックリさんのこと、改めて説明してくれる?」


 責めるよりも先に事情を把握するべきだと判断したのか、東雲柚子は必死に感情を押し殺した。

強く胸元を握り締めて冷静さを保つ彼女の前で、皇桃花は大きく頷く。

と同時に、おずおずと顔を上げた。


「おばさんも知っていると思うけど、私達三人ともオカルト大好きで……よく肝試しとか、変な儀式とかやっていたの。中でも、コックリさんは成功率高くて……いや、分かっているよ?指先の振動がどうのこうので、勝手に動いているだけだって。でも……それでも、『もしかしたら幽霊かも』って思ったら楽しかったの。でね」


 そこで一度言い淀む皇桃花に、綿貫紗夜はそっと眉尻を下げた。

かと思えば、思い切ったように口を開く。


「そ、それだけじゃ物足りなくなったの。だんだん飽きてきたというのもあるけど……とにかく、何か工夫を加えてみたいよねって話になって……それで────」


 肝心なところで言葉を切り、綿貫紗夜は躊躇う素振りを見せた。

本当に言ってしまっていいのか、不安になったのだろう。

すると、皇桃花がその先の言葉を口にする。


「────神社のところでコックリさんをやったら、神様が現れるかもって私が提案したの。ほら、あの神社って基本初詣のとき以外誰も居ないから……また大人達に見つかって、叱られる心配もなさそうだったし……」


 こういう田舎町は年寄りが多いため、コックリさんのようなものを固く禁じられているのだろう。

まあ、実際安全なものではないからそうするのが正しいんだが。

『下手したら、今回みたいに憑依されるからな』と思案する中、皇桃花は震える手を強く握り締めた。


「最初の数日は本当に何ともなかったの……でも、ある日十円玉が変な動きをするようになって……私も紗夜も麻里も『どうせ、誰かがふざけて動かしているんでしょ』って思っていたんだけど、その……」


「じゅ、十円玉の指した文字を繋ぎ合わせると────『騒々しい。我の領域を遊び場所にするだけでは、まだ足りないか』って、文章が出来上がって……」


 綿貫紗夜は夏の本番にも拘わらず真っ白になりながら、当時の状況を説明する。


「私達もさすがに何かおかしいってことに気づいて、何度も『お帰りください』と言ったんだけど……答えはずっとNOで。そしたら、麻里が『もう付き合っていられない!』って十円玉から手を離しちゃって……」


「そしたら、突然様子がおかしくなったの。こう……人じゃないような奇声を上げて、ジャンプしたり髪の毛を引きちぎったり……麻里は悪ふざけでそんなことをする子じゃないから、いよいよ怖くなってきて……何とか麻里を連れ帰って、おばさん達に知らせたの」


 『あとは知っての通り』と言い、皇桃花は本当の経緯を話し終えた。

申し訳なさそうに身を縮こまらせる彼女の前で、東雲柚子はどこか複雑な表情を浮かべる。


「正直に話してくれて、ありがとう。ところで、どうしてこんな大事なことを黙っていたの?」


 出来るだけ優しく問い掛ける東雲柚子に対し、皇桃花と綿貫紗夜はビクッと肩を震わせた。

かと思えば、更に小さくなる。


「ほ、本当にくだらないことなんだけど……大人に知られたら、とんでもなく叱られると思って。コックリさんを勝手にやっただけでも、凄い怒りようだったから……言い出せなかったの」


「それに、その……おばさんが有名な霊能力者や住職さんを呼ぶって聞いて……それなら、何とかなるかと思ったの」


 実に短絡的と言わざるを得ない言い分を振りかざし、綿貫紗夜はクシャリと顔を歪めた。

その際、一筋の涙が頬を伝って手の甲に落ちる。


「でも、麻里の状態は一向に良くならなくて……そしたら、今度は別の意味で言いづらくなった。『何でもっと早く言わなかったんだ!』って、責められるのが怖かったの。ごめんなさい」


「今となっては凄く反省しているし、後悔している。最初に言っておけば、こうはならなかったかもって……ごめんなさい」


 綿貫紗夜と共に頭を下げて謝罪し、皇桃花は嗚咽を漏らす。

どうやら、堪え切れなかったようでこれでもかというほど大号泣していた。

罪の意識に苛まれる彼女の前で、東雲柚子は怒りなのか悲しみなのかよく分からない表情を浮かべる。


 娘の幼馴染み……それも近所の子供となれば、色々と複雑だろうな。

小さい頃から知っているが故に、憎み切れないというか。

これが赤の他人なら、また違ったんだろうけど。


 『これだから、人間関係は面倒なんだよ』と思案していると、東雲柚子がこちらを向く。


「小鳥遊さん、娘は……麻里は助かりますか?」

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