沈黙

 「ごめん!」


 テラス席のある喫茶店。僕は謝るしかなくて、ただ謝るしかなくて。彼女に許しを乞た。


 十九歳で彼女と出会い、三度目の冬の気配を感じ始めた頃だった。


 僕は就活の真っ最中だった。僕の予定はすっかり就活一色で、今までのように彼女に会えず、かといって就活も思う通りにいかず。八方塞がりな僕の内側に溜まったもやもやとしたエネルギーは爆発の隙を伺っていた。


 彼女への思いは正直なところ出会った頃の熱さはもう薄れ、僕の心を占めるのはうまくいかない就活への焦燥だった。


 何十通目かの「お祈りメール」をもらった夜、仲間と飲んだくれた。居酒屋でばか騒ぎをしたあと僕たちはまだ収まりがつかなくて、大通りをみんなで大騒ぎして歩きまわって周りの大人に怒鳴られた。その事に腹を立て、そのまま誰かの部屋に全員で転がり込んだ。気がつくと僕はどこかで合流したらしい誰かの肌をむさぼっていた。


 翌朝気づくと、僕のスマホには彼女からの何通ものラインが届いていた。その日彼女と会う予定だったことを僕は失念していたのだ。


 翌日、僕は彼女に頭を下げた。ほんの一瞬いつもの溶ける笑顔で許されるのではないかと思ったが、返ってきたのは沈黙だった。きゅっと唇を噛み締めた彼女がどんな表情だったのか僕は怖くて視線を上げられなかった。


 彼女のコーヒーカップを持つ指が震えていた。


 「さくら、咲くといいね。祈ってる」


 つかえつつ、掠れた声がそう言った。それが僕の最後に聞いた彼女の声だった。

 


 僕は桜の花を見るたびに彼女の声を、笑顔を思い出す。


「違うわ。それはソメイヨシノ。

こっちが緋寒桜よ」

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