バスに揺られて

 東矢泉月とうやいつきに招かれて私たち十一人はマイクロバスに乗っていた。引率の水沢光咲みずさわみさき先生もいたから十二人だ。担任も呼ぶなんて東矢とうや家の威光がわかるというものだ。

 ただ泉月いつきだけは現地で待っているらしい。

 軽井沢の別荘地にあるペンション。財団所有のものを貸し切ったということだ。

 一般庶民の私からすればやることなすこと規格外だ。姪のクラスメイトと担任の顔を見るためだけにこのようなイベントを企画するとは。

 それでも私たちはバスの中でグループ旅行を楽しんでいた。

 私の隣に梨花りかがいた。今の梨花も小柄だが当時の梨花は小学生と言われてもおかしくない子で栗鼠りすみたいな可愛い動きをするヤツだった。まさか私たちの中で最も胸が育つとはその時誰も思わなかっただろう。

 梨花は三班だったが中間試験の後くらいから私にまとわりついて勉強をしたりしていたから成績の伸びは良かった。

 こんなことを言うとまるで私の教えでみな学校成績が伸びたみたいに思うかも知れないがきっかけを与えたことは確かだ。

 梨花はとんでもないくらい記憶力が良かった。ノートを画像として記憶することができる。私がポイントを教えた上で些末まで丸暗記できるので社会と理科は無敵だった。

 科目別成績なら学年五位以内に入っていた。理科とトランプするなら神経衰弱は絶対にするべきではない。

 その梨花が別荘に呼ばれたのは私の勉強仲間だと泉月が認めたからだろう。

 見ていないようで泉月は私の交遊範囲をよく把握していて、私の友だちを漏れなく誘うことに成功していた。

 それが私の歓心を買うための行為だったかは定かではない。

「合宿だね」

「吹奏楽部のそれに見えるね」私は同意した。

 水沢先生もいたし、バスに乗っていた多くが吹奏楽部に籍をおいていた。活動しているかは別問題だ。一学期が終わり、ほぼ幽霊部員状態の者もいた。

「緊張する!」梨花は情けない笑みを浮かべた。

 吹奏楽部のメンバーで一曲披露することにしたのだ。雪舞ゆまのマジックショーも手伝う。

 そうした演芸やコンサートを見慣れた東矢家に素人芸を見せるのだから緊張するのも無理はない。

 どんな評価が下されるのだろう。

美鈴みすずのピアノがメインだから私たちはおまけよ」私は言った。

「そうだよね」

 その美鈴みすず雪舞ゆまは二人並んで疲れた顔をして寝ていた。寝たもの勝ちといった感じだ。

 この二人は今回の避暑会がよくわかっていたのかもしれない。

 賑やかだったのは最後尾の席でトランプをしていた連中だ。

 和泉いずみ耀太ようた璃乃りの元気げんき。こいつらは緊張を知らない。

 学級委員の和泉いずみはまわりにいる誰とでも遊べるヤツだったし、中一にしてすでに百八十前後の体格だった耀太ようたとして何にも動じない男だったし、璃乃りのはふだん優等生な癖にゲームに熱くなる女だったし、今ではすっかりおとなしく影が薄くなってしまった元気げんきもこの頃はまだ「俺が……俺が……」と前に出るヤツだった。

 手札が悪い、と璃乃がプンプンして和泉が笑い飛ばす。

「手札じゃなくて並びじゃない?」真実まことをささやく元気。

 マイペースな耀太は勝っても負けても楽しそうだ。

 そんな賑やかな四人に「少し静かにしなさい」と言う水沢先生。

 隣にはプリンセスの気品が芽生える純香すみか

 優等生としておとなしくしていたのが秀一しゅういち恭平きょうへいだった。

 そう、あの頃の恭平きょうへいは口数の少ない優等生で秀一しゅういちとキャラがかぶっていた。

 違いは外見だけだ。その美貌。今も美貌には変わりがないが十二、三歳くらいの青く瑞々しいまでの少年の美しさというものはその短い間でしかかもし出せないものだ。

 いくら美鈴みすず泉月いつきが美しいと言っても比較にならない。

 その芳香は高等部の女子を惑わし、彼女らは無意識のうちに学園のアダムに群がるのだ。

 そのサキュバスの群れから逃れるために恭平は心を閉ざした。

 恭平は女子と話せなくなっていた――――

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追憶Reminiscence ―あかね雲― はくすや @hakusuya

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