夢のための人望

ちびまるフォイ

自分のために捨てられる人

「……で、お前最近なにやってるの?」


「えと、まあ……バイトとかかな」


「あれ? バンドマンになるって言ってなかった?」


「それは……あれだよ。若い頃のなんていうか……」


モゴモゴと、友達に返す言葉がない。

本当はまだ諦めちゃいない。


週末には路上でライブもやっている。

聞いてる人なんて誰もいない。

夢を諦めろという冷たい視線だけが突き刺されるだけの修行だ。


同窓会が終わってからもかけられた言葉は頭に残っていた。


「もうバンドマンの夢も諦めないとダメなのかな」


ひとりごとを言ったときだった。


『そんなことないポン!』


「き、君は!?」


『ぼくは夢をかなえる妖精だポン。

 君の夢を叶えるステッキをプレゼントするポン』


「え! 本当に叶えてくれるの!?」


『もちろんだポン。でも、夢を叶えるためにはエネルギーがいるポン。

 君の人間関係をステッキに注げば魔法が夢を叶えてくれるポン』


「に、人間関係を注ぐ……? 注いだ関係はどうなるんだ?」


『消えるポン』


「人間関係を代償に夢を叶えろってか!?」


『でも君の人間関係なんてたかが知れてるポン?

 最後に連絡をとったのはいつポン? 恋人は?』


「う、うるさいなぁ! 向こうへいけ!」


『それじゃさよならポン。返品は受け付けてないポン~!』


妖精がどこかへ行ってしまった。

渡されたステッキに力を込めると、文字がうかびあがる。


"捨てる人間関係と、夢を教えてください"


「捨てる人間関係は……小学生の頃からの友達の山田くん

 叶える夢は、俺を売れっ子ミュージシャンにしてくれ!」


ステッキが光った。


連絡先を見てみると、山田くんの連絡先もすべて消えていた。

というか山田くんって誰だ。


「きゃーー! 見て! ボーカルのB-AKAよ!」


通行人の言葉にわっと人が寄ってくる。

サイン色紙をつきつけて黄色い歓声をあげている。


「こ、こんなにあっさり夢が叶っちゃうのか?!」


努力せずに叶った夢は嬉しくもなんともない……と思っていた。

でも実際に叶ってみるとめちゃめちゃ嬉しい。


「このステッキ、本物だ!」


その後も歌番組にバラエティにラジオと大忙し。

誰もが自分の新曲を待ち望んでいることが嬉しくてたまらない。


自分は世界に必要とされている存在なんだ。


そんな中、ファンのひとりがふと呟いた。


「でもB-AKAさんって、以外と私服は地味なんですね」


「な゛っ……」


言葉も出なかった。

魔法で一気にスターダムへとのし上がったが、つい最近まで一般人。

どうしてもイモ臭さは消せないのか。


「いつも中学生のとき仲良しだった、佐藤くんの人間関係を捨てる!

 だから俺をおしゃれインフルエンサーモデルにしてくれ!!」


魔法のステッキを振り回すと夢が叶った。

あっという間に自分はファッションの第一人者。


誰もが自分の服装をマネはじめる。

もう自分をダサいをなじる人もいないだろう。


「このステッキ最高じゃないか!!」


すっかり魔法のステッキの力に魅了されてしまってからは、

ことあるごとに魔法でもって夢を実現させていった。


「俺を大金持ちにしてくれ!」

「俺に超美人な彼女を!」

「毎日最高の新曲が脳内にあふれるように!」


ステッキはどんな夢でも叶えてくれた。

叶えられない夢などなかった。


けれど、ステッキの力は最初よりも使わなくなった。


それは自分のエネルギー不足だった。


「ステッキよ! 俺にバカデカい豪邸を与えてくれ!!」



"夢の規模に対し、人間関係パワーが足りません"



「ええ? 10人もの人間関係を生贄にしてるのに、家を召喚すらできないのか?」



"それぞれの人間関係が薄すぎます"



「ぐっ……」


図星を突かれてしまった。


最初こそ気前よく昔の人間関係をささげてきたが、

今はストックもなくなり、適当な人間関係を構築しては夢のために消費する。


そんな自転車操業のような友情の育くみ方を続けていた。


「会って数日で友達になっちゃ悪いかよ!」


そう反論してもステッキは一歩も譲っちゃくれなかった。

しょうがないので友達関係を成熟させようとプレゼントを渡したときだった。


「いや……そういうのいいや」

「え」


まさかの拒否。

目が点になった。


「お前のウワサ聞いたんだ。友達を作っては連絡しなくなるって」


「そ、それは……」


人間関係をステッキに奪わせると、連絡どころか自分の記憶や過去すら失われる。

はたから見ればサイコパスまるだしの振る舞いに見えるだろう。


「どうせ僕も都合のいい一時的な友達なんだろう?」


「そっ、そんなことないよ! ズッ友のマブダチだよ!!」


「信じられないな……それじゃ。バイバイ」


「ま、待って! そっちから関係を切らないで!

 せめて俺の夢を叶えるために消費させてくれ!」


友達がぼろぼろと両手からこぼれていく。

友達関係の悪評が広まったせいか、誰も自分と友達になってくれない。


これじゃ夢を叶えられるパワーを貯めることなんてできない。


「こんなことなら……最初の夢で"永久に友達が補充できる"とか願っておけばよかった」


もうそんな途方もない夢を叶えられる人間関係はない。

古い友人も、お世話になった恩人も、好きになってくれた人もいない。

深い人間関係はすべて使ってしまった。




ただひとつを除いて。



「あ……。まだあるじゃないか。人間関係が!」


自分に残された最後の人間関係を思い出した。


どんなに自分が大金持ちの売れっ子ミュージシャンになっても、

けして揺るがなかった極太の人間関係が。


「ステッキよ! 俺の夢を叶えてくれ!

 俺の夢は"永久に友達が補充できる"だ!」



"捨てる人間関係を教えてください"



「捨てる人間関係は……『家族』だ!!」


自分が夢を追いかけて極貧だったときも世話してくれた。

そんな家族の関係をついに測りの上に乗せてしまった。



"十分な人間関係です。夢を叶えます"



でも大丈夫。

永久に友達が補充されれば、家族の関係だって魔法で取り戻せる。


ステッキが光るとスマホにおびただしいメッセージが飛んできた。

どれも友達のものらしい。


「大成功! これでもう人間関係に枯渇することはないぞ!!」


大喜びしていると、友達のひとりがやってきた。


「偶然だなあ。こんなところでなにやってるんだ?」


自分が声をかけてもなんら反応しない。

だまったまま近づいてくる。


「お、おい……?」


どすっ、とお腹に衝撃が走った。

ナイフで刺されたと気づいたのは倒れたときだった。


「な……なんで……」


自分の血でおぼれそうになりながら、友達を見上げた。


「お、お前が悪いんだっ……。お前ばかりいい目にあっているから!

 僕のこと、バンドに誘ってくれたことも忘れてただろう!!」


「そんなこと覚えてるわけ……」


友達は背中からどこかで見覚えのあるステッキを取り出した。



「魔法のステッキよ! 俺の夢を叶えてくれ!!」



"捨てる人間関係と、夢を教えてください"



「捨てる人間関係はコイツとの関係だ!


 叶える夢は……コイツ自身になり変わらせてくれ!!」



ステッキが光る。




その後、現場近くの路地裏では身元不明の遺体が見つかった。


近くを通りかかったのは人気アーティストB-AKA。

警察やマスコミのインタビューに答えている。


「誰ですかね、この人。まったく知らない人です」


その顔には罪悪感すら感じさせないほどの「無」の表情をしていた。

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