WAKE 7

「祭りではありません。戦が近いなんて滅相もない。ここは年中こんなものでございます」

 出立の朝、旅籠の門口で驚きの声を上げたおいらに、見送りの宿の主人が誇らしげに語りかける。

 往来は人で溢れていた。背負子を前のめりに担ぐ女が行く。深草色に染めた手拭いを頭に巻いた大柄な若者がすれ違う。その向こうには、昨日斬首されたばかりの生首が六つ、横一列に並び、曇天の柔らかな陽射しを固く閉じた瞼で受けている。町外れの刑場であれば陰惨で無常な光景が、ここでは雑踏の賑わいの一部として溶け込んでいる。

 おいらは主人の言葉に背を押され、人の流れに寄り添うように歩き出した。物言わぬかつての罪人たちを横目に進めば、十歩足らずで町を貫く街道にさしかかる。大きく開けた視界を埋め尽くすのは、さらに数を増やした人の群れだった。

 菰を抱えてよろめく物乞いがいる。道行く者に誰彼構わず声をかける扇子売りがいる。米俵を山積みにした大八車が地響きとともに迫り、走り去る。その後に目つきの卑しい二人の役人が続く。

 まるで人の見本市だ。

 思わず立ち止まったおいらの、すぐ目の前を駆け抜けた子どもの一団から、土埃と若い汗の匂いが漂ってくる。そこに焦げた醤油の香りが混じる。

 早春の日差しが暖かい。

 おいらは、賑やかな街道の空気を胸一杯に吸い込むと、己がこれから向かう先へと視線を投げた。

 緩い勾配の太鼓橋を行き交う人々の向こうには、立派な白壁の倉を従えた商家が建ち並び、白く光る瓦屋根越しに鎮守の森が六つの梢を覗かせている。

 ここから一歩を踏み出せば、たちまち目の前の景色に飲み込まれることだろう。おいらは荷物を背負い直し、よし、と小さな気合いを入れた。

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