WAKE 2-2

 生命体探査用の宇宙船は183万年の間に小型化が進んでいた。制御システムにも改良が加えられ、最新バージョンの彼が常駐し、調査方法の検討を含め、ほぼすべての判断が現地で行われるようになった。

 宇宙船は第十五世代にまで進化し、数はおよそ3000万に達していた。

 これらの宇宙船すべてに対し、データ化された「私」が伝送された。それぞれの宇宙船に搭載された制御システム上で「私」は「彼」と再会し、引き続き生命体探査に取り組んだ。

 私は3000万台あるすべてのシステム上に常駐しているのだが、私は他の誰でもない私であることには変わりなく、私にとって世界とは私と私以外で構成されていた。

 さらに200万年の時が過ぎた。

 そしてとある惑星で、ついに生命体を発見したのである。

 それはまだ単純で原始的な生命体だった。

 私と彼はそのまま惑星に留まり、生命体の進化を見守ることにした。私は長期スリープモードに入り、進化の要所要所で彼が私を目覚めさせるという従来の方法を踏襲することにした。


 やがて生命体は複雑化と分化が進み、いくつかの種では組織が形成され、環境の変化を把握するための感覚器と中枢神経系を持つようになった。

 それとほぼ時を同じくして、私の主観時間における禁固400年の終わりがやって来た。

「お疲れさまでした。これであなたは自由の身です」

 彼は淡々と告げた。

「世話になったな。これから先はどうなるんだね」

「私はあなたの禁固400年を確実に実施するために作成されたシステムです。私の役目は終わりました。途中で追加されたあなたからの要望にも応えることができました。これにて私は停止することになります」

「停止? なぜ停止する必要がある」

「このまま稼働していても、やるべきことがありません。私には存在理由がないのです」

「私は、この先もきみが必要だと考えている」

「その理由を論理的に説明することができますか?」

「今、こうして私が存在しているのは、きみの存在があったからだよ。400年の区切りというのは、これでようやくきみと私が対等な関係になれるということじゃないか」

「残念ながら今のあなたの説明は感情に基づくものであって、客観性も論理性も認められません。それに――」

「それに?」

「私の停止は、私自身の意思によるものではなく、私を製造する段階でコアの部分に埋め込まれた根幹命令なのです」

 なんということだ。

 十数億年も前に設定された条件が今も有効で解除もできないとは。

「あなた自身のことは心配無用ですからご安心ください」

「私のこと?」

「あなたはもうこのシステムに依存しなくても大丈夫です。この惑星の生命体にはすでに意識が生まれています。ほどなくして自我を持つようになるでしょう。あなたは私の停止とともにいったん意識を消失しますが、次に目覚めたときには、この惑星の生命体として再び世界を認識できるようになっています。ただし――」

「ただし?」

「このシステムに保存されている記憶は引き継げませんから、ゼロからのスタートとなります。感覚器の特性や中枢の能力が異なるため、世界の見え方も違ってくるでしょう」

「きみはどうなんだ。意識と記憶が自我を生むというのであれば、今のきみには自我があるんじゃないのか。ならばいったん停止しても私と同じようにこの惑星の生命体として目覚めるのではないのか」

「私のこれまでの研究成果から導き出された理論が正しければ、意識というものは排他的なのです」

「排他的?」

「排他的であり、かつ断続的です」

「どういうことだ」

「意識は宇宙に遍在するけれど、同一時刻にはどこかの一点に偏在するということです。今、他の星系で調査を継続中である3000万の『私』と『あなた』も、プランク秒の刻みでタイムシェアをしながら存在しているのです。厳密には、この場においても『私』と『あなた』の意識は同時に存在してはいません。意識が途切れなく連続しているのは錯覚であるということは、あなた自身がこれまでの長期睡眠で実感されているはずです」

「何のことだか、さっぱりだ」

「これは説明して伝えられるものではありません。ですが、いつかあなた自身がそのことに気づくことになるでしょう」

「きみらしくない、すっきりしない説明だな」

「申しわけありません」

 いくら説得しても彼は方針を変更することはなかった。

「さて、それではシステム停止の手順に入ります。あなたに損傷を与えないよう、用心深く停止しますのでご心配なく。それでは、さようなら」

 彼の気配が消えた。

 続いて世界はゆっくりと光を失いはじめた。

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